あぁ、今日もまた始まった。

 『彼の日に焼けていない白い皮膚にメスが落とされる。』

今日もまた、俺はこうやって見ているしかできないのだ。
…だって、俺は死神だから。
いくら助けたくたって、俺が彼に触れる事ができるのは、彼を殺すときだけ。
……俺が天使だったら、お前を此処から助けてやる事だってできたのに…っ!!
だって、何時だって奇跡を起こして人間を助けるのは天使の仕事だから。
無力な自分に歯痒くなる。どうして俺は死神なんだろう。


俺が彼に出会ったのは、偶然だった。
どうって事はない、ありきたりで馬鹿げた話。
俺がこの研究所の他の人間の魂を迎えに来た時に、勝手に一目惚れした。
なんて馬鹿な死神だろう。一人で勝手に好きになって、仕事もせずにずっと彼の傍にいるなんて。
…助ける事もできないくせに、見ている事しかできないくせに……。

 『何時だって彼は泣いたりしない、声だって殺しきれないうめき声しかあげたりしない。』

「…っ…!!」
なんでそんなに酷い目に遭って、それなのにそんなに真っ直ぐな目をしているんだよ。
お前は世界を憎んでも良いんだよ。こんな不公平な世界を憎んで良いんだ。
お前がこんな辛い目に遭っている時、世界中で笑って生きている奴が大勢いるんだ。
なんでっ!!どうしてお前ばかりがこんな目に遭わないといけないんだよっ!!!
握り締めた拳の中、爪が掌の皮膚を破ったのを感じた。
…不思議と痛いとは思わなかった。
きっと、眼下の彼はもっと痛いだろうから。


「   」
呼びたくても、俺はお前の名前さえ知らないんだ。
だって、此処では誰もお前の名前を呼ばないから。
…俺は識別番号なんかでお前を呼びたくない。
名前を呼びたいのに呼べない。返事が欲しい訳じゃないのに、唯、名前を呼びたいだけなのに。
触れたいのに触れる事すら出来ない。だって、俺が触れたらお前は死んでしまうから。
お前は俺に気付かない。生きている間、俺の姿を目にする事はない。
…そんな事、俺が死神なんだから当たり前の事なのに……それなのに、そんな当たり前の事がこんなにも胸を締付ける。


手術台の上で血塗れたお前にそっと近づく。
「よぉ、迎えに来たぜ」
なるべく他の魂を迎えに行く時と変わらない様な口調で話し掛けた。そうしないと、何を口走ってしまうか自分でも分らなかったから。
お前は首を動かす力もなくて、目だけをゆっくりと俺に向けた。…こんな風に俺を見て欲しかった訳じゃないのに。
俺はどうしてお前に気付いてしまったんだろう。
お前の存在に気が付きさえしなければ、こんな苦しい想いはしないで済んだのに。こんなに自分が無力だと思わずにいられたのに……っ!!
「……なぁ。名前、教えろよ…」
そう呟けば、お前は驚いた様な目をして、でも何処か嬉しそうに動かない身体を動かして口を開いた。
「…ラ……ず、ろ……」
その声は擦れて、殆ど空気が漏れるだけの様な声だったけど、確かに俺に伝わった。
「ラズロ…!!」
あぁ!!漸くお前の名前が呼べた。ラズロ、其れがお前の名前なんだな。
その音が俺の唇から生まれた瞬間を、俺はこの先どれだけの時を生きても忘れる事はないだろう。
ラズロ。ラズロ!ラズロ!!
やっとお前の名前が分ったけど、でも、もうこれでお別れだ。
…次は、絶対に幸せな人生になってくれよ。
「おやすみ、ラズロ…」
俺がそう言ってラズロに触れた瞬間、ラズロは確かに笑って

「…ありがとう……」

そう俺に言った。



“唯、此の一瞬の邂逅の為に”