石造りの神殿の中、フードで顔を隠した少年が祭壇の前に立ち、其の手になみなみと赤い液体の満たされた黄金の杯を掲げる。 「生と死の象徴たる赤き血よ、其の偉大なる生と死の主よ、其の血を依り代に我が声に応え、我が前に顕現せよ」 良く通る声を神殿に響かせ、少年は掲げていた杯を傾けると、其の赤い液体を祭壇上に描かれた魔法陣の中心に据えられた小さな白い卵へと注いでいく。 小鳥の卵程の小さな其れは、あっという間に赤い血で濡れ、其の液体が作る血溜まりに鎮座する。 血溜まりは注がれ続ける液体によって更に広がり、其れ程大きくは無い魔法陣を全て多い付く程になった。 そして、魔法陣が全て血に濡れると変化が起こった。 __ピシッ 赤く染まった小鳥の卵が小さく罅割れ、血に埋もれた魔法陣が赤黒い光を放ち始める。 祭壇上に儀式の為に置かれた燭台やその他の小物がかたかたと揺れ、其の揺れは魔法陣が発する光が強くなるのに比例して酷くなっていく。 「____っ!!」 赤黒い、闇の様な其れは確かに光で、少年は視界が其の不可思議な光で溢れるのを感じた。 “大海と琥珀の交わる場所” 光が収まり、眩んでいた視界が元に戻ると少年は祭壇へと其の視線を向けた。 「…成功、した……?」 呆然とした声で少年は呟く。祭壇の上には少年よりも更に幼い、子供とも言えそうな少年が佇んでいた。 「……お前が俺を喚んだのか?」 其の声はその見かけ通り幼く、しかし苛立ちを含んだ物だった。 祭壇の上に佇む子供は砂金の様な髪をし、瞳は濡れた琥珀の様で、一糸纏わぬその身体は沁みひとつ無く、白磁の肌が辛うじて倒れなかった燭台の炎に照らされていた。 しかし、その愛らしさすら覚える容貌は顰められ、琥珀の瞳は自分を見詰める少年を睨みつけている。 「答えろ、お前が俺を此の地に喚んだのか?」 その凛とした声に呆然と彼を見詰めていた少年は我に帰り、急いでフードを外すと祭壇上の子供に向き直り口を開いた。 「貴方が生と死の主、ソウルイーターと言うのならば、貴方を此処へと喚んだのは私です」 フードを取った少年は明るい灰黄色の髪に、海の様な瞳をしていた。 灰黄色の少年は子供の琥珀の瞳を見詰める。 そんな少年に、琥珀の子供は小さく溜め息を吐くと話し掛けた。 「残念だったな。お前がどんな用件で俺を喚びだしたのかは知らないが、お前の召喚は失敗だ」 俺はソウルイーターじゃない、そう言って子供は祭壇から降りると少年に近づいて行く。 そして灰黄色の少年の目の前に来ると、子供は手を差し出してこう言った。 「そのマントを寄越せ。まったく、なんだって魂喰いなんかを喚び出そうとしたんだ?お前」 お前の御蔭で俺は真っ裸だっての、変態か俺は。子供は差し出されたマントで身を包みながらそう呟いた。 そんな子供の呟きを聞きながら、少年は改めて子供を眺める。 目の前の子供は自分はソウルイーターではないと言う。しかし、自分の行なった儀式で喚び出された事は確実で、それならば此の子供はソウルイーターの眷属なのだろうか。 「君がソウルイーターじゃないなら、此の儀式で此処に喚ばれた君は一体何なの?」 逃がさない、そう言うかの様に少年は子供の手首を掴んで問い掛けた。 そんな少年に琥珀の子供は何処か大人びた表情で苦笑すると、自分の手首を掴む手にもう片方の手を重ね、桜色の唇を開いた。 「俺が何かってのは、先ず、お前の目的を聞いてからじゃないと話せない」 子供は其の琥珀の瞳で少年の海原の瞳を見詰める。 其の瞳は嘘を許さないと無言の内に伝えて、少年は意を決すると子供の問に答える為に口を開いた。 「僕は、自分の死を見届けてくれる此の呪いを受けない者を探しているんだ」 そう言うと少年は子供の手を離し、子供に甲が見える様に自分の手を掲げた。 「其れはっ!」 少年は子供の目が驚きに見開かれ息を呑むその様子に、目の前の子供が自分の手に宿る物が何か知っているのだと理解する。 やはり、目の前の存在は唯の子供ではない。 此の世界の者は普通では其の存在すら知り得ない物なのだから、此の自分に宿る罰の紋章は。 そもそも真の紋章自体が余り知られていない。それらは既に神となり異界へと去って行ってしまった物なのだから。 しかし、未だ神と成る為の器を得られずに此の世を彷徨う真の紋章がいくつか有る。そんなお伽噺を此の世界の住人は誰しも子供の頃に聞かされる。僕だって此の紋章に宿られるまではお伽噺だと思っていた。 此の罰の紋章も、其の彷徨える紋章の一つだ。 だけど、此の罰の紋章は神に成る気なんか一切無い。唯、この世を人の身体に宿りながら彷徨い、其の宿主すら転々と乗り換えながら移ろい続けるだけなのだ。 罰の紋章は宿主の命を削り、最後には宿主の身を灰燼に変え、宿主の死ぬ其の時近くに居た者に宿る…否、寄生するんだ。 そうして罰の紋章はこの世を彷徨う。 其れは人にしてみれば既に呪いだった。解く事が出来ぬ呪い、人智を超えた神の呪いだ。 「僕は此の呪いを僕で終らせたい」 琥珀の瞳を見詰めて少年はそう断言する。 そんな少年の目を子供はじっと見詰め、其の言葉が偽りでは無く少年の心からの言葉だと分り、小さく笑みをこぼす。 「死にたく無い、じゃなくて此処で呪いを断ち切りたい、か…気に入った、お前の力になってやるよ」 契約してやる、子供はそう言うと少年の紋章の宿ってないもう片方の手を取った。 そして、其の手を自分の両手で挟むように包み込むと凛とした声で誓約の言葉を発する。 「我が名はテッド。我は生と死の主ソウルイーターの片割れ、死の主にして魂の管理者。古の誓約に依り、今此の時をもって我が運命は此の者の手に委ねられん」 テッドと名乗った子供がそう宣言すると、繋がれた手から先程と同じ赤黒い光が放たれる。 しかし、其れは一瞬の事で、少年は呆然と目の前の子供を見詰めた。 「…ソウルイーターじゃないって言った癖に……詐欺だ」 少年がぽつりとそう呟けば、目の前の子供はにやりと笑って言い返す。 「詐欺じゃねぇよ、俺と親友の二人でソウルイーターなんだから。で、お前の名前は?」 其の言葉に脱力しながらも、少年は名乗る為にゆるゆると口を開く。 「僕の名前はラズロ。短い間になるかもしれないけど、此れからよろしく、テッド」 自分の手を包む子供の手にもう片方の手を沿えて、少年は子供に笑いかけ言う。 子供はそんな少年の言葉に少し眉を顰め、その後自信たっぷりにこう言った。 「俺が付いてるんだから、短い付き合いになるわけないだろ。此れからお前が嫌になる程長い付き合いになると思うけど、よろしくな。ラズロ」 ま、取り敢えずは服を買いに行こうぜ。そう呟くと子供はにやりと笑って其の琥珀の瞳で少年の海原の瞳を見詰めた。 大海と琥珀が交わり、新たな運命が廻り出そうとしている。そんな予感を少年は感じた。 “大海と琥珀の交わる場所”完 ☆おまけ☆ 子供と少年、二人の男児が並んで歩いていた。少年は子供の歩幅に合わせ、少しゆっくり目に歩いている。 そんな少年が隣の子供に話し掛けた。 「ねぇ、テッドと君の親友の二人でソウルイーターだって言ってたけど、其の親友ってどんな人なの?」 歩きながら子供の顔へと視線を向ければ、子供は少し困った様に頬を指で掻く。 「どんな奴って言われてもな〜。…まぁ、敢えて言うなら過保護?」 小首をかしげてそう言う子供に、少年は愕然としつつそれを子供に悟られないように返事を返す。 「へー、過保護かぁ」 (親友がどんな人か聞いて過保護?!そして何故疑問系!…いったいテッドの親友ってどんな人なんだ?!余計に謎が深まっただけな気がする…) 「じゃあ、僕がいきなりテッドをこっちに召喚したから、今頃、物凄く動揺してたりしてね」 「!!」 少年が何気なく言った言葉に子供が固まる。 「え?ちょ、ちょっと、どうしたのテッド?!」 突然動きを止めた子供に少年は驚いて声を掛けるが、子供は何やら呟きながら考えている様で少年の声に気付いてはいない。 「…そうだよ、なんで気付かなかったんだ?!勝手に出かけたりして、彼奴がどうなるかなんて分りきってたのに…ヤバいな、彼奴滅茶苦茶やって追いかけて来そうだし。どうすっかな……」 がしがしと頭を掻きながら子供は悩む。 そして、戸惑う少年を無視して悩んで、悩んで、悩みぬくと、子供は…。 「ま、いっか。彼奴が来たら、その時にどうするか考えれば良いや」 諦めたのだった。 「それで良いの?!!」 あんなに悩んでたくせに、そう少年が抗議するが、子供は笑って大丈夫だと軽く流してしまう。 (会ったばっかりだからなのかな、テッドの思考回路が分らない…!!) 少年は、琥珀の子供に振り回される自分が簡単に想像できて、少し泣きたくなったのだった。 子供と少年とが出会って、未だ数時間と経っていない時の事であった。 終 |