テッドの体温が僕の腕の中で急速に消えていくのを、僕はどうする事も出来無い侭見詰めていた。
 外傷は一切無いのに、その顔からは血の気が無くなり、寒いのか唇はかすかに震えている。
「テッド…」
 僕のせいだ。
 僕がもっと速くテッドが自分をソウルイーターに喰わせようとしているのに気付いていれば。
 テッドが下した命令を撤回出来る程ソウルイーターを制御出来ていれば…。
 否、ソウルイーターを譲られた時、僕がもっと強ければテッドが僕に此れを譲るのを止められた筈だ。
 テッド、テッド、僕の初めての親友。
 死なないで。
 折角また会えたのに、どうして君は僕から離れて行ってしまうんだ。
 三百年、僕の言った事を信じて生きてきてくれたテッド。
 三百年彷徨って、僕と過ごせたのがたった数年だなんて…。
 テッド、君は今どんな気持ちなんだ?
 僕の事が憎い?
 ウィンディにソウルイーターを渡さずに済んで満足?
「テッド…」
 僕が呼び掛けると、テッドはゆるゆると閉じていた目蓋を上げて僕を見上げた。
「泣くなよ、ティル…」
 力の入らない手を必至に挙げて僕の頬を撫でるテッド。
 其の手が怖い程に冷たくて、僕はどうしようも無く胸が苦しくなる。
「…泣いてなんていないよ…テッド、僕……」
「泣いてるさ、唯涙が出ていないだけだ…」
 精神が泣いてる、そうテッドは呟いた。
 あぁ、テッド。どうして君はそんなに僕の事が分るんだ。
 僕は今、君にどんな顔を向けているかも分らないのに。
「…テッド……」
「なぁ、ティル…俺たち、昔に一度会ってるよな…」
「ッ!!」
 僕はテッドの言葉に息を呑んだ。
 テッドは覚えていた?三百年も昔の事を。
「はは…覚えてた訳じゃねぇよ。今、思い出した……」
「テッド?」
「走馬灯ってさ、ホントに有るんだな。…今頭ん中、今迄の事がぐるぐる回ってやんの」
 それでお前が出て来たんだ、クレオさんも居たよな。そう言ってテッドはにっと笑う。
 真っ青になった顔なのに、其の笑顔だけは何時も見ていた物其の侭で、僕は本当に泣きそうになった。
「ガキの頃見たお前は夢みたいに綺麗で、俺、お前の事天使だと思ってた…」
「……」
 僕は唯黙ってテッドの話を聞いた。
 此の声を忘れたく無い、其れが今僕の全てだった。
「其の天使が俺に生きろって言ってくれたから、俺は生きていこうと思えたんだ」
 そうじゃなかったらあの時に自分で死んでた、テッドはそう呟くと僕の眼をじっと見詰めた。
 僕もテッドを見詰め返す。
「……本人を目の前にして恥ずかしいけどさ、きっとあれが俺の初恋だったんだ…」
「テッド…」
「…なぁ、一生のお願いが有るんだ」
 テッドが何時もの調子でそう言うから、僕は何も言えなくなる。
「なに?テッド」
「……キスしてくれないか、触れるだけで良いから……最後に一度だけ…」
 最後の呟きの時、テッドは少し泣きそうな顔をしていた。
 そんな顔しないで、テッド。
 僕は君が望むなら何だって叶えてあげたいんだ。
 ずっと親友だと思って来たけど、今分った…僕もテッドが好きなんだ。
「うん……テッド」
 僕は頬に添えられていたテッドの手を取ると、小さく震えるテッドの唇へと顔を落とした。
 そっとテッドと僕の唇が重なる。
 テッドの唇は氷みたいに冷たくて、其の事実が僕の涙腺を刺激した。
 もう、周りの事なんて何も気にならなかった。
 世界に僕とテッドだけになった気分だ。
 …本当に僕とテッドだけになれば良いのに……。
 叶う筈の無い望みを思いながら、僕はゆっくりと唇を離していく。
 僕が顔を上げると、テッドが僕に何時もの笑顔で笑いかけた。
「ありがとな、ティル……おやすみ…」
 すぅっとテッドの身体から力が抜けていき、僕はテッドが漸く眠れたのだと理解った。
「…おやすみ、テッド……」
 僕はテッドを横たわらせるともう一度キスをして、テッドの居るソウルイーターにも口付けた。
 遅くなるかもしれないけど、僕も何時か其処に行くからノ。
 だから、少しだけ待っててテッド。
 …僕の一生のお願いだ。


 ”三百年越しの恋”