「なぁ、ティル…」
何処かぼんやりとした口調で呼ばれ、ティルは読んでいた本から顔を上げる。
そして、自分を読んだ張本人へと視線を向ければ、麦の穂色の髪の少年が微笑みながらこちらを見ていた。
「…何か用?テッド」
父が此の少年を連れて来てから随分時間が経ち、ティルは自分が目の前の少年…テッドとお互いが親友と呼び合える程に親しくなったという自覚がある。彼の妙に大人びた所も、そう思えば酷く子供っぽい一面を覗かせる所も、ティルは酷く好ましく思っている。
しかし、ティルは今の様に笑うテッドが嫌いだった。
仮面の様な貼付けた笑み。何かを必死で隠そうとしている其の微笑みは、ティルの感に酷く触った。
こんな表情をテッドは時折する。其れは二人きりでこうして何気なく過ごしている時や、悪戯をして逃げている最中など、何かの拍子にふっと思い出したかの様に此の微笑みを浮かべるのだ。
其の顔を見る度に、ティルは言い様のない不快感にかられた。だが、其れがテッドにその様な表情をさせてしまう自分に対する焦燥感だと未だ若いティルが気付く事はなかった。
どんなに頭が良かろうと、ティルは未だ子供なのだ。
そんなテッドの微笑みに対する苛立を感じていたティルに、再び声変わり前のテッドの声が掛けられる。
「俺、お前の事好きだぜ。友人以上に」
にっこりと笑ってテッドはそう言ったが、やはり其れはティルの嫌うあの笑みで、そんな表情で言われても何の説得力もないのだと何故気付かないのかと思わされる。
「そう、ありがとう。でも、僕はテッドの事を親友以上には見れないから」
冷たくそう言ってあしらえば、テッドは一瞬だけあの笑みを失い。刹那、何処か泣きそうな顔をして笑った。
「うん、ティルのそう言ってくれる所が好きなんだ。俺…」
嘘つきめ、ティルは胸の中でそう思う。しかし、口に出す様な愚かな真似はしない。もし口に出せば、きっとテッドは二度と自分の前に姿を現さない様な気がするから。
あんな表情で好きだなんて言われても、自分も好きだと返した途端にテッドが何処かに消え失せてしまう想像にかられて、結局ティルはテッドの想いを否定するしか出来なくなる。
そんな想像をさせられるから、ティルは余計にあの微笑みが嫌いなのだ。
「本当にティルの事好きなんだぜ、それだけは信じてくれよな…」
僕だってテッドが好きだよ、だからそんな顔で好きだと言うのは止めてくれ。そう思ってティルは唇を噛み締めた。血の鉄錆びに似た味が下の上に広がり、ティルの胸に蟠った不快感を一層煽るのだった。

(僕だって、君の事が好きだよ。勿論、友達以上にね…。ねぇ、返事を受け取ってもくれないくせに僕の想いを煽るのは止めてくれないか、テッド)

胸中の独白に答えが返って来る事は無く、ティルは安堵とも諦めともつかない溜め息を一つ吐いて、再び本へと視線を戻す。
だから、彼は気付かない。
彼の溜め息に琥珀の瞳の少年が酷く傷ついた表情をしていた事も、其の少年が本当は何を望んでいるのかという事も…。
琥珀の瞳が揺らぎ、其の白い丸みを帯びた頬に透明な雫が一つだけ伝った事にも、本へと逃げたティルが気付く事は無いのだ。


“其れは絶望へと続く道”





***
最後の一歩で素直になれないテッドと、自分の考えが絶対だと思っちゃってる坊ちゃん。
坊ちゃんが不器用なテッドの強がりに気付かない限り、此の話の二人はバットエンドだと思う。