王子さんが俺にだけ笑いかけないのに気付いたのは、俺が王子さんの事を好きだったから。
 …正確には本当に笑った顔を見せない、だけど。
 まるで仮面の様な張付けた笑みしか俺に向けない。
 やっぱり、偽物騒ぎを起こした俺を許せないのかもしれない。だったら仕方が無い、あれは俺が悪いんだから。
 馬鹿みたいな理由で大勢の人に迷惑をかけて、その上裁かれもせずにこうして影武者として此処に居る。
 皆を纏める『王子』として俺を仲間にしても、きっと王子さん個人としては俺の事を許せないのだ。
 だから、王子さんは俺に笑いかけない。
 どうしたら王子さんは俺の事を許してくれるのだろう、俺は最近そんな事ばかり考えている。
 一度で良いから、其の皆に向けている笑顔を俺にも向けてくれ。
 一度で良い、本当に一回限りで良いんだ。

 王子さんが篭城を決めて暫くすると、キルデリクから一騎打ちの申し込みの手紙が来た。
 きっと此処で王子さんより先に此の手紙を見れたのは運命だ。
 贖罪の為の運命、俺は其れを嬉しく思った。
 なぁ、此処で俺が影武者としての役目を果たせたら、アンタは俺を許してくれるか?
 許してくれたら良い。
 もし許してもらえなくても王子さんの役に立って死ぬんだから、其れは俺にとって幸福だ。
 俺は此の為に生まれて来たんだって思える。
 何の為に生まれて来たのかも分らず、誰にも望まれずに生きて来た俺に、此の死は生まれて来た意味を与えてくれるだろう。
 俺は着替える為、急いで部屋へと向かった。

 自分に向かって降って来る矢を見ながら、俺は小さく笑った。
 なぁ、王子さん。俺はアンタの役に立ったか?
 自惚れかもしれないけど、こんな俺だって時間稼ぎくらいの役には立てただろう?
 俺は此処で死ぬけど、俺の死体に王子さんが笑いかけてくれたら良い。
 「良くやった」なんて誉めてくれなくても良いから、唯微笑んで欲しい。
「王子さん、俺、アンタの事が……」
 すき…
 雨の様な矢が俺に降り注いで、小さな呟きの最後は言葉にならなかった。
 でもそれで良いんだ、こんな想いは俺と一緒に連れて逝こう。
 たとえ王子さんに聞こえる事が無くても、こんな想いを口にしたら王子さんが汚れそうな気がするから…。
 言葉の代わりに口から温かい液体が溢れて、俺の意識は暗くなっていった。


 ”すき”