「ロイっ!!」
王子さんの叫ぶ声が耳に入ると同時に、俺は突き飛ばされていた。 「っ!!」 地面に投げ出され、その衝撃に軽く頭を振り、俺はもと居た場所へと目を向ける。 「ぁ…そんな、嘘だろ…」 飛び込んで来た景色に俺は目を見開く。 俺がついさっき迄居た場所、其処には俺の代わりに刺客に脇腹を深々と貫かれている王子さんが居た。 「なんでアンタが俺を庇うんだよ!!俺はアンタの影武者なんだぜ?!それをっ!なんで……!!」 そう叫びながら王子さんを刺した刺客を三節棍で沈め、俺は急いで倒れた王子さんへと駆け寄る。 一目でヤバいと分る量の血が地面を染めていて、俺は先に王子さんに駆け寄っていたカイルに首を降られる前に、頭の何処かで王子さんが助からない事を理解していた。 (きっと、此れは今迄俺がして来た事への罰……) 思い当たる事なんて何もない筈なのに、何故か俺は確信を持ってそう思った。 …今迄だなんて、思い当たる事なんかない筈なのに……。 「…ロイ…」 呆然としていた俺に、青ざめた王子さんが話し掛けて来た。その声は擦れて、今にも消えてしまいそうだ。 「王子さん……っ!!」 王子さんの傍らにしゃがみこみ、俺は王子さんに呼び掛けた。でも、倒れた王子さんの顔を見て俺は言葉を失う。 なぁ、俺、こんな痛々しい声、自分で言うのも何だけど、今迄一度として出した事なんてないんだぜ。 こんな声も、今にも泣き出しそうなこんな情けない顔も、全部アンタがさせてるのに…。 なのに、何でアンタはそんな風に笑っていられるんだよ……っ!! 「ロイ…大好きだよ…」 そう言って王子さんは目を閉じて、そして、二度と目覚める事はなかった。 「なぁ、うそだろ……うぁ、ああああああああああ!!!!」 カイル達が悲痛な沈黙を保つ中、俺の絶叫が辺りに響き渡った。 あの日、王子さんが死んだ時、一緒にロイという存在も死んだ。 今の俺は『ロイ』じゃない、『ファルーシュ』だ。 王子さんの代わりに戦争を終結させ、ファレナを平和へと導いた。 でも此れは俺のした事じゃない、全部王子さんのやった事なんだ。 王子さんの物だった王宮の一室で、椅子に腰掛けて俺は今迄の記憶に想いを馳せてそう思った。 王子さんが既にいないという事は、俺を含めて現女王や一部の仲間しか知らない。他の奴らはあの時死んだのは『ロイ』だと信じている。 生きているのに死んでしまった『ロイ』。亡くなったのに生きている『ファルーシュ』。 俺を通して『ファルーシュ』に会っている奴らが羨ましい。 俺だって出来る事なら、もう一度王子さんに会いたかった。あの声で俺の名前を呼んでくれ、今では誰も呼んでくれない俺の名前を、王子さんのあの優しい声で『ロイ』と…。 叶わない願いと分っていても、どうしようもない程王子さんに名前を呼んで欲しかった。 「…ロイ」 自分で呼んでみても、やはり何処か違って、余計に虚しさが増すだけだった。 「なっ!!」 政務に戻ろうと俯いていた顔を上げた瞬間、俺は驚愕の声を上げていた。 俺は王子さんの部屋にいた筈、なのにどうして俺はこんな所に居るんだ?!! 其処はつい先程迄居た王宮ではなく、随分と昔に捨てた筈の、嘗ての本拠地で俺に与えられた部屋だった。 「マジかよ…」 驚いて立ち上がると、視線の位置が変わっていて、その事にまた驚いて自分の身体に目をやれば、其処には昔の俺、『ロイ』だった頃の俺が居た。 それに、やけに部屋の外が騒がしい。一体どうしたのだろう、そう思った俺は部屋から出て、近くの廊下で話し込んでいた仲間に話し掛けた。 「一体どうなってやがんだ?!」 俺は部屋に戻って呆然と呟く。 俺は夢を見ているのか?王子さんが篭城か逃走かを今、会議で決めているだって? 其れはいったい何時の話だ。戦争はもう終った筈だろ!! だが、今の俺の身体は確かに『ロイ』だ。 「まさか…」 自分の頭に浮かんだ考えに、俺は目を見開いた。 馬鹿げた考えだ、そんな事は有り得ない。そう思っても、其れ以外で今この現状を説明できる物はなかった。 「俺は過去に来ちまったのか?」 一人きりの部屋に、俺の愕然とした声が響いた。 此れが、俺の繰り返される世界の幕開けだった。 The returning world 〜戻る世界〜 |