12.間違ってなんかいない

「ロイ君、こんな事を第三者が言うモンじゃないって分ってる。でも…」
 其の声に、自分の腹部に巻かれた包帯を見ていたロイは顔を上げて其の声の主を見た。
 金の髪を編み込んだ、女王騎士特有の髪型。
 何人もの女性を魅了したであろう其の顔は、今は悲しそうに、苦し気に何かを耐える様に、しかしはっきりとした怒りを孕んだ表情をしている。
 其の怒りが誰に向いたものなのか、それはロイには解らなかった。
 自分か、王子か、それとも全てを知っていて何もできない彼自身へと向けたものなのか。
 自分を見据え、次の言葉を待つロイに青年は口を開く。
「もう、王子の傍には居ない方が良いよ…」
 其の言葉にロイは一瞬酷く傷ついた顔をすると、青年を睨みつけた。
「っ! …何でだよ! 何でそんな事アンタに言われなきゃいけねーんだよ!!」
 其の怒声が目の前の少年の精一杯の強がりであると知っている青年は、少年の両肩に優しく手を置くと、視線を合わせながら少年に言い聞かせる様にたった一言、こう言った。
「だって、ロイ君もうぼろぼろじゃないか……」
 其の言葉はもしかしたら青年自身にも向けられているのかもしれないが、今のロイにはそんな事を気にする余裕はなかった。
「今の王子はおかしいよ、ロイ君だって本当は気付いているんでしょ」
「っ!!」
 ロイはとっさに自分の腹部の傷に触れる。
 ずきずきと熱を持って疼く此の傷は、数時間前に王子に付けられたものだった。


”「愛してるよ、ロイ」
 王子の凶行は何時だって其の言葉から始まる。
 誰にも気付かれない様に、ロイの普段着ている服、王子に変装した時の服、其のどちらを着ていても見えない所を的確に選んで王子はロイの身体を傷つけていく。
 足の付け根、背中の一部、胸部から腹部にかけてと、王子は決して人から…自分以外には見えない位置に跡を残す。
 今日は腹部だった。
 日に当たる事の無い白く柔らかい皮膚をナイフで浅く、本当に皮膚のみを切り裂くと、其の薄く鮮血を滲ませる其処へと爪を立てた。
 無理矢理に爪で其の傷口を広げ、しかし決して重症にはならない様に配慮しつつロイを苦しめていく。
 爪である程度広がれば今度は指先で。
 必死で悲鳴を抑えるロイに王子は満足げな表情を浮かべ、指先を赤く染めるそれを嘗め取る。
 連日王子の凶行に晒されるロイの身体は、外からは解らないがぼろぼろだった。
 其れでもロイは王子から離れなかった。
 否、離れられなかった。
 ロイはどんなに肉を抉られ、新たな傷跡を残されようと、どうしても王子を嫌いになれかった。
 自分が離れる事で王子の凶行が収まるかもしれないと、其の可能性を思っても、ロイは離れる事を選べなかった。
 自分が居るせいで王子がおかしくなったのだとしても、それでもロイは王子の傍に居たいと思った。
 それが我が儘だとロイは自覚していた。
 だが、それでもと、そう思って王子の側を離れる事が出来ないでいた。
 なぜなら、おかしくなった王子はロイだけを見てくれたから。
 ロイを傷つける間は、王子はロイだけの物だった。
 軍も国も、あらゆる柵を捨てて、この間だけは王子はロイだけを見てくれた。
 其の事実がロイには泣きそうな程嬉しかった。
 二人の歪んだ愛が、因り一層凶行へと拍車を書けた…。”

「王子さんはおかしくなんかねぇ! …おかしいのは俺なんだ……」
 俯いて、泣きそうな声でそう叫ぶロイに、青年…カイルは胸が締め付けられる想いになる。
 此の目の前の少年は、どうしてこんな悲しい愛し方しか知らないのだろう、と。
 自分の想い人が急変してしまっても、それでも唯必死に耐えて傍に居る。
壊れそうになる心を守る為に自分自身すら誤摩化して。
 誰が好きな相手からこんな目に遭わされたいなどと望むだろう。だが、此の少年はそう自分が望んでいるのだと思わなければ心の均衡が保てないのだ。
 だからおかしいのは自分で、王子がおかしくなったのも自分のせいだと本気で信じている。
 何て悲しい愛なのだろう。
 此の少年はもっと、今までの分も幸せになる権利があるのに。
 どうしてこんな哀しい、辛い想いばかり味合わなければいけないのか。
 もっと、自分を幸せにしてくれる、嫌、せめてこんな酷い事をしない人を好きになれば此の少年はきっと幸せになれただろうに。
 だが、カイルはそれらをロイ言う事は出来なかった。
 言ってしまえばロイの想いを否定してしまう事になるから。
 そんな事になれば、今までロイが必死で張りつめてきた心の糸が切れてしまうだろう。
 だから、カイルは何時もこうして唯黙って傷の手当をするしか出来ない。危うい所で均衡を保っている少年の心を守る為に。
 カイルは、声を殺して泣くロイを抱き締めた。
 優しく、壊れ物を扱う様にロイに接している自分に、カイルは少し可笑しくなった。こんな風に接するのは女性に対してだけだと思っていたのに。
 小さく震える肩を片腕で包み、もう片方の手で背中を宥める様に優しく叩いてやる。
「ロイ君は間違ってないよ……そう、間違ってなんかいない。唯、少し優し過ぎただけなんだよ…」
「っ…ふっ、うわああぁぁぁっ!!」
 カイルはそう言い聞かせながら、腕の中で泣き叫ぶロイの体温を酷く愛しく感じた。
 あぁ、自分だったら、こんな風に泣かせる事なんてしないのに、と。

































DVとはまたちょっと違うような気がする訳だ
byねぎ