16.裏切った罰


「ごめんな、ウィズル」
 そう言ったテッドは淡く光り出した。
 三百年、真の紋章の力で生きてきた身体は、紋章無しでは存在出来なくなっているんだろう。
「っ!!」
 軋む程奥歯を噛んだ。
 なにがごめんなものか、俺が何の為にこんな軍主にまでなったと思っている。全てはお前の為だと言うのに、お前を助け出す、唯その為だけに此処まで来たのに。それなのに、お前はその俺にお前を殺させるだと?!
 一体何の冗談だ。とてもじゃないが笑えない。
「…ゆるさない」
 自分でも驚くぐらい暗い、怒りを含んだ声だった。
「ウィズル…」
 テッドが困った顔で俺を見る。
 絶対に手放してなんてやらない。俺から逃げるだなんて許さない。
 俺は右手を強く握り締めた。
「ソウルイーター!今お前の主は誰だ!!忘れるな、今のお前の主はこの俺だという事を。お前を勝手に使い、死に逝こうとする愚か者を、誰が死なせてなどやるものか。生と死の主ソウルイーターよ、今こそ俺に生の力を見せてみろ!!」
 力の限りにそう叫んで、俺は右手を振り上げる。
 死なせてなんてやるものか!!!
 一人だけ楽になんて、させてやらない。
 右手から、視界を白く染める光が溢れた。


  ***


   本拠地の俺の部屋に、今日も鈍い音が響いていた。
 拳で人体を殴る独特の音。
 骨と骨のぶつかった音が肉でくぐもる、あの音。
 その音が何度も何度も繰り返され、壁へと吸込まれていく。
 音の発生源は俺だった。ベッドの上で、馬乗りになってテッドを殴り続ける俺から、その音は生まれていた。
「こんなに愛している俺から、どうしてお前は逃げ様だなんて思った」
 殴りながらそう問い掛ければ、両腕で顔を庇いながらテッドは声を上げた。悲鳴に近い叫び声を。
「逃げようだなんて思ってなかった!唯、あの時はああするしか思い付かなかったんだ」
 両腕で庇いきれず、顔面に青痣ができ、唇の端が切れたテッド。あぁ、なんて可愛いのだろう。
「本当にそう思っているのか?一瞬でも死ねるという事に安堵を覚えなかったと、本当に言い切れるのか?!」
「っ!!」
 テッドの息を呑む言葉が聞こえた。
 ほうら、やっぱり俺から、此の世界から逃げようとしてたじゃないか。
「それってさ、俺への裏切りだよな」
 そう言って俺はテッドを一際激しく殴った後、顔を庇う腕の片方の手首を掴んだ。
 顔の代わりに殴られ続けた腕は、殴った本人である俺が痛々しく感じる程、痣だらけだった。テッドは元が白いから、余計に痣が目立つ。
 「いっ!!」
 手首を掴んだ手に力を入れてやれば、テッドの小さな悲鳴が上がる。
「ははっ。みしみし言ってるよ、テッド。此のまま力を入れたら、折れちゃうかもな」
「や、やだ!ウィズルっ!!」
 テッドの痣だらけの顔から血の気が引いていく。なぁ、此処で腕を折ったら少しは反省するか?
「安心しろよ、たとえ折っても後で流水の紋章で治してやるから」
 その言葉に更にテッドの顔が青ざめていく。
 俺はそんなテッドに笑いかけてやりながら、更に掴んだ腕に力を込めた。
「――――――――――ッ!!!!!」
 殴る音とは比較にならない程鈍く大きな音が部屋に響き、テッドの喉から声にならない叫びが迸った。
 琥珀の眼を零れそうな程見開き、青というよりは紙の様に白い顔色。余りの痛さに脂汗が滲んで、小麦色の髪が額に張り付いている。
 そんな顔したって未だ許さない。
 お前をこの手にかけないといけないと分った時、俺がどれ程全てを憎んだか分るか?
「痛いか、テッド。でも、未だ終わりじゃないからな」
 額に滲んだ脂汗を嘗め取り、金魚の様にはくはくと空気を求めて開閉している唇を軽く食む。
 折った腕を放してやり、痛みで無防備に曝け出された躯、その白く細い首に両手をかける。
 細い首。手首と同じで簡単に折れそうだった。
 でも、此処は折って楽になんてさせない。
「ちゃんと反省してるか?テッド。此れは罰なんだから、ちゃんと反省してくれないと困るぜ」
 徐々に首にかけた手に力を込めていく。
「…っ」
 ひゅっとテッドの喉が鳴る。気管が徐々に狭まって、息が吸えなくなっているのだろう。
「なぁ、苦しいか?」
 返事など出来ないと知っていて問い掛ける。
 開けられた侭のテッドの口から唾液が零れた。
「こんな事するのも、テッドを愛してるからなんだぜ。それなのに、お前が俺から逃げ様とするから…」
 首を絞めた侭、顎へと伝った唾液を嘗め取り、開かれた唇に噛み付く様に接吻する。
 殴った時に口内も切れていたのだろう、接吻は薄い鉄錆の味がした。
 今日は、もうそろそろ許してやろうか。そう思い、俺は首を絞めていた手から力を抜いてやった。
 でも、テッド。お前がちゃんと反省する迄、俺はこうし続けるからな。
 顔を離し、咳き込むテッドを見詰めながら、俺は笑った。



  終