日の光の射さない薄闇に包まれた世界から、たった一人が作り出した真の闇が支配する空間へと覇王は降り立った。 覇王がこの世界で唯一愛する、己を生み出した母なる存在。護るべき庇護者。己と同一にして異なる存在、愛する半身。 そう、覇王と彼は、覇王が覇王としての自我に目覚めた瞬間から、同一でありながら全く異なる存在だった。一つの受精卵が双子になる為に分かれてしまったら、もう元には戻れない様に。挿し木された枝が、もう元の木とは同一であったとしても別の個体だという事と同じ様に、覇王と十代は別の存在だった。 そして、自分は己と同じでありながらも儚く弱く、そして強い半身に心を奪われた。 確かに自分は十代を護る為に生み出された存在であった。だが、自分は自我に目覚めたときから全てを自由に選ぶ事ができたのだ。十代という存在を心の奥に押し込め、何も無かった事にして己の望むが侭に生きる事も。傷ついた十代の傷を更に抉りその心を殺して体を奪う事だってできた。 だが、自分はそれが出来なかった。自分は十代に惹かれてしまった。否、もしかすると、覇王というこの自我自体が、十代を護りたい一心で生まれた物なのかもしれない。 しかし、十代を傷付ける者から護る為のこの腕も、盾になる様にかばうこの背中も、愛していると囁くこの声帯も、この十代の心の外へと出てしまえば全て本来は十代の物なのだ。 己の物など、この心一つしか在りはしないのだ。外の世界で覇王と呼ばれかしずかれたところで、本当は自分には何も無い。 今、十代は自分の事を好きだと思っているが、それは自分以外の存在に拒絶されたからに過ぎない。もし奴らが再び十代の下へと戻れば、十代は自分ではなく奴らを選ぶのだろう。それなのに、十代は己に向けられるこの感情に不安を抱いている。 何が不安だというのだろう。寧ろ、捨てられる事に不安を抱くのは生み出された存在である自分の方だというのに。 だが、その事に十代が気付いていないならそれでも良い。否、寧ろ好都合だ。それならば、再び奴らが十代の下に戻ってくる前に消し去るまで。十代が自分の下から離れていかない様に。自分の事を捨てるという選択肢に気付く前に、それ以外の選択肢を消し去ってしまえば良いのだ。 なぁ、十代。お前が不安を抱いている様に、俺が不安を持っているのは可笑しいか?覇王として何者にも揺るがない筈の俺が、護るべき存在であるお前の心変わりに揺れるのは間違っているのか? 答えてくれ、十代。愛しているんだ、この思いを信じてくれ。疑ったりしないでくれ。どうしてそんなに不安なんだ。お前の不安が俺を更に不安にする。本当にお前には俺だけなのか?何がそれを証明できるというのだ。 「本当に必要ではないのならば、その存在を否定するというのならば、最初から生み出さないでくれ…」 覇王と呼ばれるこの自分が、たった一人の少年に会うのを躊躇している。その事実が酷く可笑しく思えた。 “私には貴方だけなんです。でも、貴方は?” Side 覇王 |