常に薄暗い闇空を覆う異世界、その闘技場の中央で十代は力無く膝を付き、虚ろな目でただ世界を見詰めていた。
その色を無くした表情の中、唇が震えながら開かれた。
「俺の…」
誰に問でもなく、その声は紡がれていく。
「俺の、何が悪かったって言うんだーーっ!!」
その言葉は最後には叫びとなって闘技場に響いた。
だが、その叫びは十代の仲間に届くことは無く、血を吐く様な十代の悲鳴を聞いていたのはただ彼を無情に見詰める闇の精霊達だけだった。

「…十代……」

その時、十代の耳に馴染み深い、しかし耳に慣れない呼び声が聞こえた。
しかし、十代にはその声の主が誰かは分らなかった。なぜなら、この場に十代の名を呼んでくれる者など既に居ないのだから。


光と影 1


「…十代、もう直ぐだ。もう直ぐ会いに行く…」

「ぇ…?」
まただ、十代はそう思う。また自分を呼ぶ声がした。
その声はユベルとも違っていて、不安を煽る様な声ではなく、寧ろ十代を安心させるかの様に話し掛けて来る。
仲間の殆どを失い、翔には失望され、ジムやオブライエンにも見放されかけている十代の心に、この声は心地好かった。
十代を否定する様なことを言わず、優しく自分の名を呼んでくれる。その正体は分らなくとも、何故か十代は声の主を信じかけている。
そんな人物がもう直ぐ自分に会いに来ると言う、その事に十代は戸惑った。
確かに信じ始めてはいる。だが、もし敵の罠だったら、その可能性だって捨てきれないのだ。
此の世界はおかしい、何故こんなに命の遣り取りが簡単に行なわれてしまうのか。
バードマンとデュエルして以降、十代はずっとそう考えてきた。だが、それでもデュエルをし続けて全てを失ったのも事実だった。
もう、十代は考える事に疲れていた。
考えても、敵は考える暇もなくデュエルを仕掛けてきて、十代からあらゆる物を奪って行く。それは勝ち続けているのにも関わらずだ。
纏まらない頭の侭、十代は気が付けば万丈目たちの墓の前まで来ていた。
黙って出歩いて、またジムたちに叱られるかな。十代はぼんやりとそう考えて小さく笑った。もう、叱ってもくれないかもしれない、と。
唯でさえ薄暗い闇の支配するこの異世界、夜の闇は更に濃かった。そんな闇の支配する夜の静けさに、十代は少し安堵する。
何の音も無ければ、自分を責める声も聞こえない。…自分の名を呼んでくれる声も聞こえない代わりに。

「十代…!!」

「っ!!」
直ぐ傍からまたあの声が聞こえて、十代は息を呑んだ。
今迄は耳の奥から聞こえる様な、何処か分らない、遠い様で近い所から聞こえていたのに、その声が自分の直ぐ後ろから聞こえてきた。

「十代、漸く会えたな…」

驚いて振り向いた十代の視線の先で、夜の闇が一際濃くなったかと思うと、その闇の中から漆黒の甲冑を着込んだ人物が現れた。
「だ、誰だ!」
「俺は覇王」
顔を覆う仮面を外しながら、現れた人物はそう言った。
「?!」
仮面の下から現れた顔に十代は驚く。それは間違いなく自分その物の顔をしていた。
ただ、瞳の色だけが、違っている…。
「そう驚く事はない、十代。俺はお前なのだから…」
自分とは異なる金色の瞳に見詰められながら、十代はその言葉を繰り返す。
「お前が俺…?」
「そうだ。俺はお前から生まれた」
甲冑に覆われた冷たい指先を頬に感じて漸く、十代は覇王と名乗った人物に触れられている事に気付いた。
それは壊れ物を扱う様に、慈しむように十代の頬を撫でている。
「俺から…」
意味が分からない、そう続けようとした十代の唇に冷たい甲冑がそっと触れて制する。
「何も考えなくていい。俺はお前を守るために存在しているのだから」
「考えなくていい?…本当に?」
今迄誰もそんな事を十代に言ってはくれなかった。誰もが何かが起こると十代にその解決を求めた。それなのに、今目の前に居る覇王は考えなくてもいいと、そう十代に言ってくれている。その事実に十代は震える。
それが、歓喜の為か、未知への恐れの為かは十代には判断できなかった。
「あぁ、本当だ。俺はお前を守り、愛する為に生まれた。そして、その為に今お前の前に立っている」
「覇王…」
金色の瞳が自分を見詰めている。その瞳を見詰め返しながら、十代は覇王の名を呼んだ。
「大丈夫だ、十代。これからは俺がずっと傍に居る」
金色の瞳は揺るぐ事なく十代を見詰め続ける。
十代は頬を包む覇王の手に自分の手を重ねる、ひんやりとした金属の冷たさが心地好かった。
「本当に?」
「本当だとも、俺はお前に嘘をついたりしない」
再びそう問えば覇王は呆れる事無く肯定し、無表情だった顔を慣れない様子で薄く微笑ませて十代に微笑みかけた。
そんな自分の為に笑いかける覇王に十代は思わず抱きついていた。
硬い甲冑を気にせず自分に抱きついて来る十代の背中を覇王は優しく撫でる。
「俺はお前を迎えに来た。付いて来てくれるか?十代…」
そう問う覇王に十代は何度も首を立てに振って答えた。
そんな十代を纏っていた深紅のマントで包むと、覇王は来た時と同様に闇に溶けて行く。今度は十代も一緒だった。
残った墓は何の変化も無く、ただ其処に在るだけで、十代が居なくなった事に気付く者は居なかった。