『声がきこえる』

とても特殊な話なので必ずはじめにをお読み下さい

/01:うわさの双子/02:きみの為にできること/03:ほんとはそんなに怖くない?
/04:音をきかせて/05:なかよくしてね/06:子供じゃないよ!/
/07:つたえない言葉たち(14禁くらい・パラレル)/08:カナリア(パラレル死小ネタ)/09:そうごりかい/
/10:Torment1 予感/11:Torment2 囲われた世界/12:Torment3 遭遇/

























































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声がきこえる

 はじめに

 この話はねぎがある日某動画の猫動画をみていて「耳が聞こえない」のって萌えねえ?と非常に不謹慎な事を思ってそこを発端にした短編群です。
 正直言ってなんで此処まで増えたのか謎。
 そして多分まだ時々増えます。突発的に。
 なので十代の性格に「耳が聞こえない」事を前提とした改変が加えられています。根底にある性格は一緒のつもりです(ねぎ的には)
 更にこの設定で派生しているパラレルとかもあります(後ろに注訳あり)
 ここへの収録は書いた順番です。時間軸は前後したりしなかったり

細かい設定とか

・覇王と十代は双子(覇王がお兄ちゃん)
・十代は耳が聞こえない(話せない)代わりに精霊の声を聞くことができる(話せる)
・覇王は精霊を見ることはできるけれど声を聞くことはできない
・覇王と十代は特別な声で話すことができる(テレパスみたいなもの?)
・耳が聞こえないので十代は触感に非常に敏感。他人がとても怖い
・教師陣は十代の耳が聞こえないことを知っているので色々心配している
・十代頭はそこそこいい。授業を受けられない分、本や教科書を読むことで学ぶ
・覇王は言わずもがな。十代に教えるのは覇王さまの役割
・翔は十代を「十代」、覇王を「十代の兄貴」と呼んでいる(ややこしい)
・ユベルにとっては二人とも大事な子供たち
・ユベルが十代にだけ過剰反応なのは『外(外敵)』に対する『対抗策(声とかそういうもの)』を持たないため



気が付くと増えるかもしれない設定達でふ


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 その年は少し風変わりな双子が一組、入学してきた。
 入試試験には電車の事故で遅刻し、二人揃ってクロノス教諭を打ち負かして、二人揃ってオシリスレッドに入寮する事になった。
 二人の容姿は瓜二つで、唯一違うのは眸の色。いつも一緒にいる二人は金色と琥珀の眸しか違わないはずなのに、けれど誰も間違えない。
 二人の名前は覇王と十代。己が道を行き威圧感を持った覇王と、異常と言えるほど酷く人見知りで、何時も覇王の後ろにいて誰とも話さない十代。人を寄せ付けない感のある覇王が十代には酷く優しいのが周りの目には酷く妙なものに映ったが、二人は非常に仲が良かった。
 ある日の授業後、少し前を歩いていた件の双子の片方(十代の方だ)がプリントを落としたのを翔は見た。十代はそれに気づいていないようで、見て見ぬ振りをする事もできなかった翔はプリントを拾って肩を軽く叩きながら声をかけた。
「ねぇ」
 肩を叩かれた十代は酷く驚き、脅えたように振り返り、そのまま覇王の後ろに回り込む。
「なんだ」
 十代を後ろに庇うようにして言ったのは覇王で、翔は一瞬たじろぐが、プリントを差し出す。そうだ、自分は悪いことはしていないのだから後ろめたいことなど何もないはずだ。
「十代君、これ落としたよ」
 翔が言うと、覇王の後ろから十代が進み出て僅かに笑いながら小さく頭を下げ、プリントを受け取る。
「あぁ……わざわざすまなかったな」
 覇王は控えめな礼を言うと、十代共々踵を返そうとする。
「あのさ、」
 翔が呼び止めると二人同時に振り向く。
「友達にならない?」




01: 噂の双子



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 今でこそ仲の良い双子だが、初めからこうだった訳では無いと知ると誰もが眉を寄せる。二人が別々にいる様子を想像できないのだ。
 覇王と十代の両親は共働きで、裕福ではあったけれど家に居ない事が多かった。家に二人で留守を任されるとき、決まって両親は覇王に言った。十代をよく見ていてあげてね。
 生まれつき原因は不明で耳の聞こえない十代を頼むと言う事は、両親からしてみれば当たり前の事だったのだろう。その事は解っていたけれど、それでも覇王は耳の聞こえない弟の事が好きではなかった。
 両親が覇王に冷たかった訳では決してない。だが不自由のある十代をどうしても優先してしまうものだった。まだ子供だった覇王は仕方ないと知りつつも、両親の愛を独り占めしている(ように見えたのだ)十代が羨ましいと思ったし、また疎ましかった。彼もまた、まだ六つかそこらの子供だったのだ。
 ある時二人の為に、父は子供たちが夢中になっていたカードゲームのブースターパックを幾つか買い与えた。十代の開けたパックの中に、ある一枚のカードが入っていた。そのカードはユベルといった。
 十代も覇王もユベルの事が大好きになった。使い勝手は難しかったけれど、十代のデッキにはいつもユベルが入れられていて、覇王はそれが羨ましかった。
 けれど、それ以上に覇王には羨ましかった事があった。

 自分と十代が周りと違うのだと自覚したのは、言葉を覚え周りとコミュニケーションを取ることを覚えた頃だったと、覇王は思う。カードに宿る精霊たちはどうやら自分と十代にしか見えない事を知り、十代の声は自分にしか聞こえていない事、十代にも自分の声しか届いていないらしいという事。そして十代にしか、他の子供にも大人たちにも見えない精霊たちの声が聞こえない事をしったのだ。
 覇王には十代にしかユベルの声が聞こえない事が妬ましかった。だから今考えれば他愛ないと思えないような意地悪もしたし、十代を無視するようなこともした。それでも十代は覇王の後を付いて来た。それが覇王を更に苛立たせた。
 ある時、積もり積もった小さな苛立ちは噴き出した。それはある意味必然と呼べるものだったのだろう。
 愉しげにユベルと声を交わす十代を見て、覇王は叫んだ。
「なんでお前ばかりユベルと話せる!」
 叫んだ後、自分が叫んだ事を自覚した。十代を妬ましいと思っていたのだと知ったのは、もっと後になってからだった。
 十代に対する不満は、一度言葉にすると堰を切ったように溢れ出た。我に返った時にはある事ない事全て投げつけた後で、驚いたように見開かれた十代の眸を見てどうしようもない思いに掻き立てられた。十代の後ろで、ユベルが困った様子で切な気に二人を見下ろしているのに胸が痛くなった。
 固まった様に動かなかった十代の眸は次第に揺れて、最後には顔をくしゃくしゃに歪めて声もなく泣いた。鳴き声は聞こえなかったけれど、十代の悲鳴は確かに覇王に届いていた。暫く泣きじゃくった後、十代はぽつりと呟いたのだ。
「ぼくもみんなと話したい」
 それを聞いて、覇王も泣いた。羨ましかったのは自分だけではなかったのだと、その時初めて本当の意味で解った気がした。二人で抱き合って泣きじゃくった。ユベルは優しい眸でそれを見ていた。

「覇王」
 優しい声に呼ばれて振り向けばそこにはユベルがいて、ユベルはしゃがみ込んで覇王と目線を合わせる。
「君と少し話したくて、今君の夢にお邪魔させて貰っているよ」
 人とは違う温もりを持つ異形の手が優しく頭を撫でる。
「十代と違って君にボクの声は届かないからね」
 苦笑にも似た笑みを浮かべてそう言うユベルに、覇王は俯き呟く。
「十代にひどいことをした」
「そうだね。でも、君は後悔している。そうだろう?」
 何も言わずに頷く覇王の頭に手を置いたまま、ユベル優しく言葉を紡ぐ。
「大丈夫、君は自分がした事をちゃんと認めた上でそれを謝る強さを持っているよ。きちんと謝れば十代は赦してくれる」
 本当に許してくれるだろうか。不安そうにユベルを見上げる眸に、ユベルはもう一度大丈夫だと繰り返す。
「あのね、覇王。ボクは君に一つお願いしたい事があって此処に来たんだ」
 そう言ってユベルは覇王を抱き締める。
「ボクは是から、君にとって、とてもひどい事を言うのかもしれない。ううん。きっと、とてもひどい事なのだろうね」
 それでも聞いてくれるかい?尋ねられ、覇王は頷いた。
「君は優しい子だね」
 そう呟いてユベルは少し強く抱き締めてから覇王を離して言った。
「少しでいいんだ、十代に優しくしてあげて。そしてボクの代わりに頭を撫でてあげてくれないかな。どんなに人に優しくして貰っても、十代に人の声は届かないから、彼は何時も不安なんだ。ボクたちは慰める事はできるけど、精霊だから十代に触れられない、頭を撫でる事も、抱き締めてあげる事もできない。両方を彼に与える事ができるのは、世界中で君ひとりなんだ」
 だから、ボクの代わりに両方を十代に与えてあげて欲しい。
 真剣な眸を真正面から受けて覇王は初めて思う。どうして十代は今まで泣かなかったのだろう。そう思ったらじわりと涙が滲んできて、服の袖で乱暴に拭った。正面のユベルの眸が優しく笑む。
「分かった」
 覇王は頷く。これからはもっと優しくしてやろう。十代は自分が守るとユベルに言えば、頼もしいねと優しい笑みを向けられる。
「頼んだよ」
 そこで目が覚めた。

 体を起こせばすぐ横に十代が眠っていて、あのまま二人で眠ってしまったのだろう。見上げればユベルと目が合って、小さく笑って頷かれる。
 あの夢での約束は確かな事なのだと覇王は確信する。
 十代はおれが守るんだ。
 覇王はそう決意して、眠る十代の頭をそっと撫でた。自分にユベルがしてくれたように。
 幼い誓いを、ユベルだけがそっと見守っていた。


『覇王、ぼーっとしてどうしたんだよ。珍しい』
 正面でテキストを広げていた十代に話しかけられ、覇王は意識が浮上する。
「……ああ、子供の頃を思い出していた」
『子供の頃?』
「お前が大泣きした時の事だな」
 言われた十代はばつの悪そうな顔をする。
『何時の話だよ』
「忘れたな」
 うだうだ言う十代を適当にあしらいながら覇王は思う。
 十代を守るのは約束だからじゃない。俺が守りたいと思うからそうするのだ、と。



02: きみの為にできること



覇王たまにだけできる事とかあるとか萌えね?


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 入試試験のデュエルでクロノス教諭を破った双子はラーイエローに入寮し、直にオベリスクブルーまで上がってくるものだと誰もが信じていた。なのにオシリスレッドに入る等、誰一人として予想しなかった展開になった。
 万丈目も前者を信じていた一人であり、デュエルをする事を楽しみにしていた分、裏切られたと言う思いが強かった。故に同じ教室で授業を受ける時等に、思わず目で追ってしまっう事が多かった。そんな視線等、覇王は全く気にしなかったが、逆に十代は敏感で、睨む様に見つめている万丈目の視線に振り向いては目が合い、睨まれ、じりじりと神経をすり減らしていたのである。
 そしてある日。運がなかったと言えば、そうなのかも知れない。
 その日は覇王がクロノス教諭に呼び出されたため、十代一人で行動していた。最終授業後だった為、図書館へ行く約束をしていた十代は、一度寮の部屋へと戻って覇王を待とうと思い教室を出た。そしてそこで反対側から来る万丈目と鉢合わせた。
 万丈目がブルー寮の取り巻きを従えて歩いてくるのに、十代は慌てて回れ右をしようとする。が、一瞬遅くがっちりと視線が噛んでしまった。泣きたい。
 十代は万丈目が苦手だった。もっと言えば、彼の存在そのものが恐怖だった。自分を真っ直ぐ見据えてくる眸に身が竦む。どうしてこんな風に睨まれるのかが判らない。自分は何か気に触るような事でもしたのだろうか、とはいえ身に覚えはなかったが。聞いてみたくとも声はきこえないし、常に不機嫌の象徴の様な表情から読み取るのはよほど長い付き合いがなければ不可能だろうと思う。今の十代にはそんなもの、求める方が酷というものだ。
 万丈目の取り巻きの二人が何か言っているようだったが、覇王が近くにいない今、十代に周りの声を伝え聞く手段等ないのだからどうしようもない。表情と口の開き方からどうやら大分気が急いでいるようだと判断する。じりじりと距離を詰められ、もうパニック寸前だ。
 万丈目からは相変わらず視線が逸らせないし(なんというか、逸らしたら瞬殺されそうな恐ろしさがある)、ブルー寮生は詰め寄ってくるし、本気で泣きそうだ。苛々の頂点に達したらしい一人のブルー寮生が十代に掴み掛かろうと踏み出した時、堪えきれずに十代は叫ぶ。
『覇王ーーー!!!(涙目)』
 間に割って入ったのは覇王ではなく、最近友達になったばかりの丸藤翔だ。
「万丈目君、何やってんの!」
 十代を庇う様に立ち、万丈目とその取り巻きを一喝する。
「そいつが何度も言ってんのに道を開けないからだろ!」
「ブルー寮生ってなんでみんなこう頭悪いの? 万丈目君が睨みつけるから十代が動けなくなってたんじゃないか、それぐらい見て判らない訳? 首の上についてるのは飾りなの? 大体ブルー寮だからって道を開けさせる程偉いんなら一人でふんぞり返ってればいいだろ? 虎の威を借る狐で尻尾振ってないでさ、なんとか言ったらどうなのさ! 図星? 図星なの!? 此処で拳を振るったら自分の矮小さをひけらかしてる事になる事自覚しようよ、っていうかそれくらい分かれ! あ、それとも言葉難しくて判らなかったとか言う訳? もっと勉強しなよ、それでもブルー寮生なの? さんざっぱら威張り散らしやがるくせにその程度なの? 何だ、大した事ないって事じゃん。ねえどうなのさ、少しは反論してみたらどう? あ、反論すると自分の語彙の少なさを露呈した上にいろんな恥を晒す事になるもんね、懸命な判断ってことだよね、ごめんね僕すっごく今馬鹿にしてたよ。それくらいの判断力はあるってことだもんね?」
物凄い勢いで捲し立てられ、取り巻きたちはたじろいだ。不機嫌そうに万丈目は言う。
「睨みつけて等いない」
「世間一般では不機嫌そうな顔で見つめられるのと睨むのはほぼ同意だと思うよ」
 呆れたように翔が言えば、自分でもそう思ったのか万丈目もばつの悪そうな顔をする。
「言いたい事があるならば、はっきりと言ったらどうだ」
 駆けてきたのか(廊下は走ってはいけません)息を切らした覇王が翔の横に進み出る。覇王も気にしていなかっただけで視線には気付いていたし、正直な所、十代が参ってしまう前にどうにかしようと思っていた相手なだけに丁度よかった。
「悪いな」
「言いたい事言えて僕もスッキリしたし構わないよ」
 礼を言えば妙に爽やかな笑顔で返され、一瞬何を言ったのか気になったが聞くのは止めた。改めて万丈目に向き直れば、十代に服の裾を握られて心が少し和んだ。
 黙っていた万丈目だったが、意を決したように口を開いた。
「俺とデュエルしろ!」
「……万丈目君、もしかしてずっとそれを伝えたかったの?」
 呆れたように翔が呟けばぶっきらぼうに万丈目は言う。
「…………悪いか」
「…………悪い」
 思わず眉間を摘んで、覇王は呻く。
 覇王からそれを伝え聞いた十代は、覇王の陰で小さく苦笑した。



03: ほんとはそんなに怖くない?



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『覇王ー』
 ベッドで横になりながらデュエルマガジンを眺めていると、上に上っていた十代に声をかけられた。見れば頭だけが逆さまに下を覗き込んでいる。
「どうした」
 危ないから止めろと言えば、柵に手を掛けてまるで鉄棒で遊ぶ様に前転で覇王のベッドに転がり込んでくる。思わず真剣に十代を下段にするべきか悩む。
 そんな事に構わず十代は覇王の顔を覗き込む。
『覇王ー』
「だからどうした?」
 もう一度問えば少し間を置いてぎゅっと胸に抱きつかれ、不意をつかれた覇王は十代と一絡げにひっくり返る。
「……ああ」
 胸に頬を押し付ける十代に覇王は苦笑する。頭を撫でる手は何処までも優しい。
「きこえるか?」
『…………あんまり』
「だろうな。上着を脱ぐから少し待ってろ」
 言われた十代は素直に覇王を離す。上着を脱ぎ終えるのを見ると、十代は再び覇王に抱きつく。
 時々、十代はこうやって覇王の心臓の音を聞きにくる。耳のきこえない十代にとって正確には心音を感じる事になるのだろう。
『覇王がいきてる音がする』
 そういって更に張り付いてくる十代に困った様に笑って、覇王は後ろ手をついた。
「最近はないと思っていたのだが、何かあったか?」
『ヤな夢見た』
 そういってぐりぐり頭を胸に擦り付けてくる十代に、覇王は目を細めて言う。
「所詮、夢は夢だ。目が覚めれば消える」
『おう』
「落ち着いたか?」
 覇王の問いには答えずに十代は抱きつく腕に力を込める。
『……もうちょっと』
 そう漏らした十代に、覇王は小さく息を吐く。たまには、こういうのもいいだろう。

 ドアを叩く音に意識が浮上する。外から聞こえてくるのは翔の声だ。
「十代と十代の兄貴ー! そろそろ朝食取らないと遅刻するっすよー!」
「開いている」
 そう言えば、翔は部屋のドアを開けて入ってくる。が、すぐに目を剥いた。
「ちょ、仲いいとは思ってたっすけどまだ一緒に寝てるんすか……というか中の宜しい事で」
 僕、お邪魔だったっすかね……眉を寄せてそう呟く翔に淡々と覇王は語る。
「昨晩十代に心音を聞かせていてそのまま寝てしまっただけだから気にするな。目覚ましもセットしそこねたようだな」
 だからといって抱き締めて寝るのはどうなのかと突っ込みたかったのだが、色々とアレな事になりそうだと判断し、翔はどうにか言葉を呑み込む。
「十代、十代」
 呼びながら覇王は十代の肩を揺さぶる。まだ眠りの世界に浸る十代は小さくイヤイヤと首を振って覇王に擦り寄る。この時点で吐血しなかった自分を翔は褒めたくなった。
 起きない十代の耳に覇王は口を寄せ、強めに息を吹き込んだ。
「!?」
 効果はてきめんで、耳を押さえて十代は飛び起きる。
「起きたか」
 目を白黒させて口をぱくぱくさせる十代に、まるで金魚だなとなかなか酷い事を覇王は思う。
「……僕、先に食堂に降りてるっすから、早く来て下さいねー」
 付き合っていられない。深い溜め息を一つついて、翔はそそくさと双子の部屋を後にした。




04: 音をきかせて



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 図書館の隅の机を陣取って、十代はレポートと格闘していた。覇王は資料を捜しに行っている。なかなか進まない筆と資料とを相手に苦闘している所で、誰かに声をかけられた。それを横に現れていたハネクリボーが十代に伝える。
『くりくり?』
『え?』
 一瞬遅れて十代は顔を上げる。机を挟んで立っていたのは三沢だった。が、十代は彼と話した事はない。
「ここ、いいかな」
 爽やかな笑みで尋ねられ、短い言葉だったので一応十代も唇の動きから何を尋ねているのかを読み取って頷いた。
「遊城十代は君だよね?」
 ハネクリボーから三沢が何を言っているのかを伝え聞き、頷く事でそれに答えると、
「一度君と話しをしてみたかったんだ」
そう言った。
 困ったのは十代だ。少し考えてから、手元のレポート用紙に『「声が出ないから筆談になるけど、構わなければ」』と書いて三沢の方に寄せる。
 それをみて三沢は少し考え、
「隣に座ってもいいかな」
そう言って十代の隣を示す。
 さっきのレポート用紙を引き寄せて、十代は『「オレの左側なら」』と書き足した。
 三沢が回り込んでくる間に十代は紙にペンを走らせる。お世辞にも奇麗とは言えない字で書かれた文字に、三沢は軽く衝撃を受けた。
『「難聴だからできればゆっくり話してもらえたら助かる」』
 少し考えてから、三沢は十代の文の下に文字を書く。
『「それは気付かなくてすまなかった。さっきはよく分かったな』」
『「唇を読んだ。あんまり早かったり長かったりすると判らなくなる」』
 肩を寄せ合って一枚の紙に交互に文を書いて行くのはなんか少し楽しいな、と十代はうきうきとペンを走らせた。

 資料を抱えて戻ってみれば、何やら十代がイエローの制服を着た奴とガリガリと紙に何か書いているではないか。珍しい事もあるなと思いながら、覇王は十代の隣へと戻る。
『覇王!』
「すまない、邪魔している」
 嬉しそうに十代が見上げれば、やはり気付いた三沢が軽く礼を取る。
「構わないが、何をやっている……成る程、筆談か」
 椅子を引きながら感心した様に覇王は呟く。というか、そもそも十代が人見知りしないのも珍しいのだが。
「三沢大地だったか」
「覚えていてもらえるとは光栄かな」
「主席だろう、名前くらいは知っている」
 十代を挟んで会話を成立させれば、挟まれた十代は目だけで左右を伺って、レポート用紙にグリグリと落書きを始めた。それを見てクスリと笑みをこぼしつつも二人は会話を続ける。
「クロノス教諭を破った二人がどうしてレッドなのかと疑問でね。筆記が悪いという訳でもないようだし」
 ずっと疑問だった事を尋ねてみれば、覇王は十代の頭を軽く撫でながら三沢を見る。
「オレが十代の生活を補助する形になるからな、どうしても同じ部屋の方が勝手がいい。イエローは個々に部屋が与えられるからな、用意してもらうより元々複数人が生活するレッドの方が早いだろうと校長を交えて話をつけたんだ」
「そんなに重度なのか、十代の耳は」
「殆ど聞こえてはいない」
 そもそも聞こえるのは精霊の声だけだが、何も聞こえていない訳ではないので嘘ではない。はずだ。
 そして自分を挟んで言葉を交わす二人に、挟まれた十代は飽きてきたようだ。立ちっぱなしの覇王を不満顔で見上げる十代に苦笑しながら、椅子に腰を下ろし、筆談に混ざる。
『「時々こうしてお前の相手をしてくれないかと話していた」』
「頼まれてはくれないだろうか」
 そう言いながら、覇王は十代の落書きしたハネクリボーの目の所を真顔で四角く塗りつぶしていく。目を見開いた十代が、眉を寄せて覇王の側頭部を叩くのを見ながら、笑って三沢は答えた。
「勿論だ」
 この二人と友達になったらきっと退屈はしないな。
 真顔で十代の頬をつねる覇王に笑いながら、三沢は会話の続きをレポート用紙へと書き込んだ。



05:なかよくしてね

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 正面から歩いてきた一団のうちの一人が突然転んだのには、流石の明日香も少し驚いた。
「ぅわ、十代! 大丈夫っすか?」
 派手に撒き散らした教科書やノート、缶ペンなどは中身が飛び散っている。
 鼻を押さえている(強打したらしい)十代を引き起こしてから、覇王は淡々と教科書を拾い集める作業を開始する。それに倣って翔と引き起こされた惨状に呆然としていた十代も慌てたように缶ペンの中身やらを集め始めた。
 ノートに挟んであったらしいプリントが悲惨なことになっている。救いは廊下に人がいないことか。
 呆気にとられていた明日香だったが、自分の足下に赤いペンシルが転がってきているのに気付いて拾い上げる。そして粗方拾い集めたらしい三人組の元へと歩を進めた。
「というか、なんで何もない所で転ぶんすか」
「注意力散漫だ」
 二人掛かりで窘められて苦笑している十代に、明日香は声をかける。
「十代君」
 キョトンとした表情で自分を見返してくる十代に、明日香はペンシルを差し出す。
「はい、災難だったわね」
 思わず笑ってしまったら、十代の眉がへたれる。
「すまないな」
 受け取った十代が頭を下げるのとほぼ同時に、覇王が代わりに礼を言う。
「構わないわ。寧ろどう声をかけようか迷っていた所だったから丁度よかったかしら」
「明日香さん、十代と十代の兄貴に用っすか?」
 黙って成り行きを見ていた翔が尋ねると、明日香は少し困ったように答える。
「用というか…単純にあなた達に興味があったと言えばいいのかしら」
 言いながら自分で違和感を覚えたが、間違ってはいない。
「私とデュエルしない?」
 そう言えば一瞬間を置いて十代が破顔する。それを見た明日香の右手は無意識に動いた。
 十代は複雑そうな顔をする。
「あ。ごめんなさい、なんか、こう、ね?」
 困ったように眉を寄せつつも全く悪びれずに言う明日香に翔は苦笑しながら漏らす。
「確かに明日香さんと十代の身長差なら撫でやすいかもしれないっすね」
 明日香の気持ちが解らなくもない覇王は何も言わない。
 撫でられている十代一人だけが妙に不服そうにみえた。



06: 子供じゃないよ!


突発で書いたから明日香のキャラが固まってないんだぜ



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 薄く開いた唇からは熱い吐息が漏れる。真っ赤に染まった頬に、軽く口付けを落とせば、喘ぐ様に唇を動かして、閉じられた眸が開かれる。琥珀に煌めく眼を覗き込めば、揺れる眸に己の姿が映し出されるのに妙な満足感を得る。
 額に、右頬に、反対側の頬に、眦に、そして唇に。何度も何度も口付ける。
 体中に占有の証を印しても、彼の中に己自身を沈めても、まだ足りない。満たされている筈なのに、心の何処かが渇いている。十代を、渇望している。
 何度囁いても足りない。何度繋がっても、まだ、足りない。その全てを奪い尽くし、蹂躙し、泣かせて、啼かせて、哭かせてみたくなる。
 酷い事をしたい訳ではない。ただ、自分が愛する分だけ、己もまた愛されたいと望む事は可笑しくない筈だ。けれど、それを望むには十代の心はまだ幼い。
「十代」
 名前を呼んで唇を合わせ、舌を絡め合う。深く深くキスを続ければ、くぐもった様な吐息が重なった唇の隙間から零れた。長い長いキスの後、漸く唇を解放すれば、熱に浮かされた様に薄く開かれた眸は此処ではない何処かを見ているようだ。
「十代、十代」
 十代の耳には届かない言葉で何度も彼の名を呼んで、下肢に手を伸ばし、そっと触れればびくりを身を竦ませる。その様が愛しくて、もう一度口付けた。
 首に回された両腕に引き寄せられ、荒く息を吐き出す十代の耳に舌を這わせる。驚いた様に強く目を瞑った拍子に眦から涙の粒が零れる。
「────」
 唇が動いて、声にならない声が言葉を紡ぐ。縋る様に、回された腕に力が込められる。仰け反りさらけ出された白い首筋に噛み付く様に口付けと、喉が細かく震えているのが伝わってくる。
 握り込んだ手でゆるゆると扱いてやれば、息を呑んで耐える様に眉を寄せる。そのまま追い上げてやれば、泣きそうに歪んだ顔で見つめながら何度も首を左右に振る。構わず、覇王は右の目蓋に口付け、強く握り込む。
「────!」
 引き攣った様に全身を何度も痙攣させながら十代は果てた。断続的に全てを吐き出した後、ぐったりとした様子で目を開けて、赤く潤んだ眸で覇王を睨めつける。
「十代」
 見つめる眸の意思も、願いも全て判っていながら、覇王は気付かない振りをする。十代の名を呼んで、彼の唇をひと舐めしてから改めて口付ける。
 もう一度下肢に手を伸ばせば、十代は力一杯首を振り拒否をする。それを無視して再び象徴に指を這わせば、腕を突っ張って力一杯抵抗される。
「十代」
「────! ────!! ────」
 精一杯叫ぶ言葉も、覇王には届かない。覇王には十代の声が聞こえてはくれない。どんなに抵抗しても変わらない行為の続行に、ついに十代は泣き始める。
「泣くな、泣かないでくれ」
 そんな風に泣かせたい訳では決してないのだ。宥める為にキスをしようとすれば、首を捩って逃げられる。流石の覇王も行為を中断して、十代の柔らかい髪を左手で梳く。涙で濡れた眸で覇王を写し、一つ瞬いてから十代は覇王の首に腕を回して力一杯抱きついた。すん、と小さく鼻をすする音がして覇王は十代の背を撫でる。
「十代」
 腕を緩めて十代は覇王の顔を見た。それから覇王にキスをする。
「─、─、─、─、─、─、─」
 ゆっくりと一文字ずつ区切って、十代は言葉を伝える。それからはにかむ様に小さく笑った。
 力一杯抱き締めて、それから、覇王はキスをした。




07: つたえない言葉たち



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笑わないお前にやって、笑ってくれたら嬉しいなって、それだけだった。
だってさ、花とか、綺麗なもん見たらさ、気分とか和むじゃんか。
だからさ、ちょっとでも笑ってくれたらなって、思ったんだ。


欲しいものはない。
望むことはただ一つだけだ。
お前が傍にいてくれればそれで良かった。
それ以上に望むことなどなかったのだ。
ずっとそこにいるのだと信じて疑わなかった。
俺は傲慢だったのだ。


俺のことすげえ大事にしてくれててさ、だからずっと、俺より強いんだって思ってた。
お前は立ち止まらなくて、何があってもずっと前を見据えて進んでくんだって、何にも根拠なんてないんだけどさ、信じてたんだよな。
バカみたいに。


しおれた一輪の白い花だけが残って、俺の元に他には何も残らない。
花なんて欲しくはなかった。
他の何者にも代え難いものを俺は手に入れていたのだ。
他に欲しいものなと在るはずがないのに、どうして気付かない。
肝心なときに守ることができず、何が兄だ。


弱いとこあったっていいはずなのに、お前泣かないんだもん。
だから俺、きっと鳥になったんだぜ。
お前がめいっぱい泣いてもいいようにって。
だからさ、泣いていいんだぜ?
なあ、覇王。



08: カナリヤ


nikacoさんのカナリヤって曲から妄想


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 その日、カイザーこと丸藤亮は最高についていなかった。授業を受ける際に着用する眼鏡を自室に忘れ、昼休みに取りに戻ろうとした所をクロノス教諭に呼び止められ、進路相談は長引き昼食を取り損ね、結局午後も眼鏡無しで受ける羽目になった。実技の授業で、負けはしなかったものの派手な手札事故に見舞われた時点で、今日は早々に自室へと引き上げることを決めたのだった。しかしそういう日に限って事はうまく運ぶはずもない訳で。
 カイザーと呼ばれる彼を知る者は、彼をお人好しと称する者も少なくない。見た目に似合わず、小さいものが好きだったり困っている者を放ってはおけない質なのだ。彼自身、それを自覚していたりもする。
 ブルー寮の自室に引き上げる道すがら、ブルー生にあからさまに囲まれているレッドの一年生を、そんな彼が放置することができなかったのもまた当然であるといえるのである。
「何をしている」
 声を掛ければ邪魔をするなと言った感じで振り向いたブルー生らも、彼がカイザーであると見留めると何やらごにょごにょと言い訳をして、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。全く何がしたかったのだと呆れ果てながら奴らを見送った亮は、囲まれていたレッド生の事を思い出し、彼を見る。彼の名は……そう、確か遊城十代と言ったはずだ。亮と目が合うと、十代は怯えたように一歩後ずさり、壁に背をぶつけ止まる。
 彼には自分もさっきの連中と同じく、ひとくくりのブルー生に見えるらしい。頭の痛い事実に、これもどうにかしなければならないなと改善策を考えながらも声をかける。
「大丈夫か?」
 答えずに怯えた風に見上げてくる十代に、亮はどうしたものかと思案する。あんまり怯えた風に見上げてくるものだから、思わず手が伸びた。強く目を瞑り、十代はやがてくるだろう衝撃に身を竦ませたが、優しく頭に手を置かれただけで、更に混乱する。
 無骨な手は何度も繰り返して頭を撫でる。自他共に認める不器用で優しい男は、どうすればいいのか皆目見当がつかず、子供をあやすように「大丈夫だ」と言いながら頭を撫でることしか思いつかなかったのだ。盛大に混乱していた十代も何度も撫でられるうちに気が抜け、へたり込む頃には唇を読むことを思い出した。もう一度大丈夫かと問われたときには、ちゃんと頷くことをもって意志を示した。
 もう大丈夫そうだな、そう思い亮は立ち上がる。とりあえず、寮まで送った方がいいのだろうか。そんな事を考えていたが、どうにも十代が立ち上がろうとしない事に気がついた。
「立てないのか?」
 十代は答えなかったが、立ち上がろうと尽力している様子を見て立てないのだと判断した亮は、軽々と十代を抱え上げた。ぎょっとした十代はじたばたともがく。
「あまり暴れるなら落とすぞ」
 一瞬腕の力を抜けば、がくっと十代ごと降下し、流石の十代も大人しくなる。
「部屋まで送ろう」
 ぶっきらぼうに言えば、十代は小さく頷くのだった。
 レッド寮まで十代を抱えたまま進む亮は、ふと思ったことを口にする。
「随分と軽いがきちんと食事は取っているのか?」
 十代は眉を寄せて頷く。
「そうか。どうしてレッドに入った? お前と覇王ならば十分ブルーで通用するだろう?」
 十代は首を振る。それにも亮はそうかと返し、また他愛ない問いかけをする。
 亮からすれば、何も話そうとしない十代との沈黙が少々気まずく、珍しく話をしていたい衝動に駆られたのだが、十代は問いかけをきちんと理解できておらず、何となく…所謂ところのフィーリングで頷いたり首を振ったりしていた。本当はこの状態に抗議したかったのだが、伝える術もなく、落とされるのも嫌だったので大人しくしていただけだったりする。
 レッド寮の前まで来て、亮は立ち止まる。
「部屋はどこだ?」
 この短い問いはきちんと伝わったようで、十代は二階の一室を指差した。相変わらず抱え上げたまま、亮は階段を昇っていく。部屋の前まで辿り着き、ノックしようとして両手が塞がっていることに気が付く。が、十代が意を汲んだようにドアを叩いた。
 返事をしながら顔を覗かせた覇王は亮に抱え上げられている十代を見てぎょっとする。十代が腕を伸ばせば、覇王は求められるまま亮から十代を受け取った。彼の人の手に渡った十代は、ぎゅうっと覇王にしがみつき、覇王に十代を手渡した亮はほっと一息ついた。覇王はいまいち状況を理解できずにしがみつかれたまま立ち尽くす。
「確かに送り届けたぞ」
 そういってさっさとドアを閉めようとする亮を、覇王は止める。
「待て。これはどういう事だ」
「十代に聞いた方が早いだろう」
 そうとだけ答えてドアを閉めかけた亮だったが、ふと思い出したように動きを止め、少しだけ笑って言った。
「また話をしよう」
 それに気づいた十代も小さく笑って頷き、手を振った。
 音を立てて閉まった扉に、覇王は盛大に眉を寄せたのだった。
 後に十代から事の顛末を聞かされて覇王が機嫌を損ねたり、明日香や翔から十代の事を聞いた亮がペンと紙を持参して十代を訪ねたりするのは、また別の話。



09:そうごりかい

こんな出会いだから覇王さまは丸藤亮とフルネーム呼び

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 最近自分が手を貸して十代とデュエルした者が、次々に倒れていく。十代は何も言わないが、十中八九ユベルが絡んでいるのだろう、覇王は考えて溜め息を漏らした。何をもってユベルがそんな事をするのかは考えても分からなかったが、もし本当にそうであれば黙って見ているわけにはいかないだろうと思う。
 ユベルを置いて二人で出かけたときに、覇王はそっと十代に尋ねてみた。
「あれはユベルのやったことなのか?」
 きちんと意味は伝わったようで、十代は長く沈黙した後にぽつりと漏らした。
『……はっきりと言われたわけじゃないけど、たぶん、そう』
「そうか」
 十代自身、迷っているように言葉を選んでいるようだった。ユベルを信じたい、けれど明らかな偶然とは言い難い確率で倒れる友人たち。どう考えても、人外の力が及んでいるとしか考えられなかった。
 覇王は素っ気なく返すふりをする。もう子供の力ではどうしようもない所まで来てしまっている気がした。実際どうしたらいいのか、どうする事が一番いいのか、覇王には考えつかない。
『ユベルは……』
 十代が思い詰めたような声でゆっくりと紡ぐ。それはきっと、十代の中でずっと燻っていたのだろう。
『きっと、ぼくとはおうにだけやさしいんだ』
 その言葉は覇王の胸にすとんと落ちた。世界中でたった二人、自分たち双子にだけ最も慈悲深く愛おしむカードの精霊。納得するのと同時に覇王は戦慄する。なんと言う事だろう、ユベルには自分と十代がすべてなのだと理解してしまった。ユベルには自分たちだけが大切で、それ以外には慈悲の欠片すら与えないのだろう。それでは自分たちはこの世界で生きていく事もできない。覇王は子供である自分たちという存在を理解するだけの知恵があった。それ故にその危険性を明確な形でなくとも理解した。
 子供たちは黙り込む。十代も無知な子供ではない事を覇王は知っている。人の手を借りて自分が此処にいるのだと言う事を、十代は間違いなく誰よりも知っていた。
 このままでいけば、きっとユベルは自分たちの両親すら傷つける事になるかも知れない。いや、きっとなるのだろう。
 生まれて初めて二人は、掛け替えのない大切なものを二分する、どちらか一方のみを選ばなければならない残酷な選択を迫られる事になる。



10: Torment1 予感


ユベルは双子以外にはとても残酷
二人は二人だけじゃ生きていけない事を知っている


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『ねえ、ユベル』
 ユベルのカードを見つめながら呼びかける十代に、ユベルは愛しむような眼差しで見つめながら答えた。
「なんだい?」
 少し躊躇うように口を噤んで、それでも十代は勇気を持って尋ねた。不安と嫌な確信と、ほんの少しのそんな事はない筈だという希望を込めて。
『オサムお兄さんとか、ぼくの友だちがたおれたの、ユベルがやったの?』
 見上げればユベルは優しく笑って、触れない手がやはり優しく頭を撫でる。
「十代を傷つける奴らから、僕が君を守ってあげる。だからなにも心配なんてしなくていいんだ」
 ああ、やっぱり。十代は思う。この優しい精霊は、自分たち二人だけに優しいのだ。自分たち二人だけを愛しているのだ。自分たち二人だけが特別で、あとの全ては砂漠の砂と同じなのだろう。
 理解した瞬間、十代の淡い希望は潰えた。どうすればいいのだろうかと途方に暮れる。
『だめだよ、ユベル……』
 振り絞ってようやく零れたのは優しく咎める言葉で、ユベルはやはり優しく笑ったまま言った。
「大丈夫、十代はなにも心配しなくていいんだよ」
 十代は思う。ぼくにはユベルを止められない。どんなに言葉を尽くしても、きっと本当にユベルに届く事はないのだろう。
 どうしよう、どうすればいい?
 止めて欲しいと言った所できっとユベルには伝わらない。どんなに伝えても、ユベルの世界は十代と覇王から広がらないのだろう。漠然とそう思う。
覇王なら、何か思いつくだろうか。優しく笑うユベルを見つめながら、ぼんやりと十代は考える。
 ユベルは十代にとって大事な友達だ。その友達が十代の友達を傷付ける事はとても哀しい事だった。なんとかしてユベルに分かって貰いたい。そう思うのに良い方法を思い付けない。そんな自分が不甲斐無くてたまらなかった。



11:Torment2 囲われた世界


ユベルの世界と十代と覇王の世界は狭い部分だけ繋がってる
繋がってる部分だけがきっとユベルに取って本当に大切な世界なんだろうね


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その日、十代と覇王は二人で街へと出かけて来ていた。十代とのデュエルで倒れた二人の友人であるオサムの見舞いへと行った帰りだった。効果があるのかどうか分からなかったが、ユベルの入ったデッキは家に置いて来た。距離を置けばユベルが手出し出来ないのかどうか分からなかったが、それでもその可能性に縋るしかなかった。十代にも、覇王にとってもオサムにこれ以上の危害が加わるのは避けたい事だ。ユベルの力が及ばなかったのか、覇王と十代の思いが伝わったのかは分からなかったけれど、見舞いに行った友人の容態が悪化する事はなかった。肩の力が抜ける感覚を二人だけで共有した。
『ユベル、つれて来なかったからオサムお兄さんだいじょうぶだったのかなあ』
帰り道、覇王に手を引かれて歩く十代が思い詰めた様子で呟く。
「どうだろうな。ユベルの気まぐれかもしれないし、もうおみまいに行くのは止した方がいいかもしれない」
『そうだね……』
覇王の言う事は尤もだと十代は思う。なんだか世界に自分たちだけ取り残されたような気分になってくる。
先を歩いていた覇王は十代を振り返る。少し俯いたまま、自分に手を引かれて歩いている十代に覇王はどうしていいのか分からなくなる。そこでビルに設置された大きな画面に気が付いた。
十代は突然立ち止まった覇王に驚いて顔を上げる。何かに呆気にとられた様に見上げる覇王の視線を追って、十代もまた振り返える。覇王の視線を追い掛け、十代もまた呆然とした。
大画面に拳を握って何かを熱弁している人が居る。それが率直な感想だった。それから見た事がある人だ、誰だったっけと考え、海馬コーポレーションの社長さんだと思い立つ。
『ねえ、はおう』
「…………なんだ」
言葉を振り絞る様に言う覇王に、十代は尋ねる。
『あれ、なんて言って………』
最後まで言い切る前に、十代は言葉を失った。
なんかものすごいわらってる………
画面の向こう側を芝居がかった仕草で指差した後、物凄い上機嫌で笑い出した社長に十代は呆気にとられた。覇王も似た様な感じだった。
『えーっと、はおう?』
「なにがそんなにおかしいのかさっぱりわからん……なんだ」
心の底からのその台詞に十代は思わず苦笑する。そして気を取り直してもう一度尋ねた。
『なんて言ってたの?』
「ああ、なんでも子どもからカードのあんをボシュウするそうだ。ユウシュウなものはカードにしてエネルギーをきゅうしゅうさせるためにウチュウへおくる、らしい」
覇王が理解できたのは取り敢えずカードの案を募集すると言う事と、優秀なものはカードにしてもらえるという事だけだ。宇宙がどうの、エネルギーが云々ははっきり言ってよく分からない。大人になれば分かるのか、そんな風に思うが、そんな事はないのだとこの時の覇王はまだ知らない。
『? エネルギーをきゅうしゅう?』
十代もよく分からなかったらしい。
「まあ絵をかいておくればそれがカードにしてもらえるということなんだろう」
『すごいね!』
覇王の要約を聞いて十代が目をきらきらさせて覇王を見る。
「まあ、えらばれればの話だがな」
『そっかあ』
言いながら十代は再び画面を見ると、相変わらず笑いっぱなしの社長を自分たちより幾らか年上そうな少年が社長を止めに入った所だった。
「おくってみるか?」
『でもきっとえらばれないと思うよ……』
少しだけ萎んだ様に言う十代に覇王は言う。
「おくってみなければけっかはわからない」
『…………そうだね』
そういって十代は笑ってみせた。それは最近塞ぎ込んでいた十代が見せた久々の笑顔だ。その笑顔に覇王もつられて少しだけ笑う。
家に帰ったら二人で絵を書こう。そう思って覇王は十代の手を握り直す。きゅっと握り返された力に、少しだけ心が軽くなった。



12:Torment3 遭遇



社長、宇宙エネルギーはピラミッドパワーと同レベルであります\(^0^)/

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