注意書き 藤原×吹雪、亮×吹雪の三角関係部屋でつ。 |
突然降り出した雨は、締め切った部屋の中まで音を響かせる。まるでこの空間を世界から切り取ってしまうみたいに。 僕は自分を押し倒している相手を見上げる。藤原優介、僕の無二の親友だった。縫い止められるようにして掴まれている手首は、そんなに強い力を込められているわけではなくて、僕も男だから振り払おうと思えば出来るわけで。でもどうしてそうしないのか、自分でもよくわからない。こんな風に押し倒されて混乱しているんだろうか。でもその割には妙に冷静だな、と人事みたいに思う。だって、優介の表情を読みとろうだなんて。優介は何時もみたいな優しい、けれど不透明な笑顔を浮かべている。僕には読み取れない類の感情だ。 「吹雪」 ざあざあと降りしきる雨よりも近く、優介が僕の名前を呼んだ。 「好きだよ」 酷く優しい笑みでそう言って、優介は僕の頬を右手で撫でた。左手は解放されたけれど、何故か抵抗しようとは思えなくて僕は優介のしたいようにさせる。 「どうしたの」 こんな体勢にも動揺しない君が赤くなるなんて。そう込めて聞けば、優介は少しだけ照れたように、嬉しそうに笑う。 「拒否されると思ったからね」 キスをした事だろう。言われて今度は僕が動揺する番だった。どうしよう、嫌じゃなかったな、そう言えば。きっと顔を反らせば、優介は僕を解放した筈だ。でも、僕はそうしようと思わなかった。 「期待してもいいのかな」 そう言って僕の首元に口づけようとした優介を、今度は首を逸らす事によって避けた。此れを受けてしまったら流されてしまう、そう思ったんだ。戻れなくなってしまうのは怖かった。 「そんな顔しないでよ、止められなくなる」 そう言って儚く笑う優介はやっぱり優しくて、どうしていいのか、僕はわからなくなってしまうんだ。 |
珍しく亮から散歩に誘われたから、僕は大人しく着いていく事にした。こういう時は大抵、亮自身で決めかねて、僕に話して考えをまとめたい時とかだから。そういう時は大人しく話を聞いてあげようって決めていた。みんないろいろ誤解してるみたいだけど、別に亮は神様でもなんでもないんだから、悩みだってあるし、トイレだって行くのに。 二人で並んで、ぶらぶら歩きながら他愛のない事を話した。僕の妹の事とか、亮の弟の事とか、そう、いろいろ。亮が話したくなったら話すだろうし、その時にきちんと聞いてやれればいい。話さなかったなら、それもいい。 夕方の砂浜は夏の強い日差しに変わり始めたこの季節でも、少し弱まって幾らか過ごしやすくなってる。帰省が間近に迫っている此の時分、きっと人が少ないのはみんな思い思いに帰省の準備を整えているからだろうと思う。そろそろ僕も準備を始めなければな、そんな事を思いながら歩を進めれば、砂に足を取られるのは案外当然と言えるのかもしれない。 「わっ!」 後ろにひっくり返りそうになった瞬間、咄嗟に隣にいた亮の肩を掴んでしまった。後から悪い事をしてしまったと思ったけれど、その時はそんな事を考える余裕なんてなかった。……いや、一人で倒れるくらいならって少し、思ったかも知れない。 「ぅわ!」 間抜けな声をあげて、亮と一緒に崩れ落ちた。 「だっ、大丈夫か、吹雪」 実は、あんまり大丈夫じゃなかったりする。亮の肘が綺麗に鳩尾に入ってしまって、声も上げられないで僕は身を捩った。ごめん、謝るべきは僕の方なのに、というか寧ろ自業自得みたいな感じになっている。暫く身を捩ってやり過ごして、漸く亮を見れば亮は片手を着いて身を起こした様な体勢で焦ったように僕を見下ろしている。多分、退こうとした時に僕の反応を見て固まったんだろうな。 「ちょっと痛かったけど、もう大丈夫。寧ろごめんね、亮まで巻き込んじゃって」 肘をついて半身を起こすと、亮は慌てたように僕の横に腰を降ろす。確かに男同士であの体勢は色々とまずいと思う。 「それは別に構わない」 少しほっとしたようなニュアンスを含め、亮が笑う。 「吹雪」 二人並ぶように座ったまま、亮に呼ばれ、僕は亮を見た。 「聞いて欲しい事がある」 僕はひとつ頷いて続きを促した。亮は僕の方を見ないまま、ぽつぽつと話し出す。 「人を好きになった」 その一言に少し驚いたけれど、それがなんだか自分の事のように嬉しくて、なんだか不思議な気分だ。 「気が付くと目で追っていて、その人の一言で一喜一憂してしまう」 甘酸っぱくてちょっと切ないあの気持ちを、亮も経験しているんだろうか。そう思うとなんだか不思議な気分になってくる。 「好きになってもいいのだろうか」 真剣に問いかけられて、僕は苦笑する。 「恋愛は自由だよ。いい事じゃないか」 亮を見れば、ほんの少しの後ろめたさとか、怯え、とかそんなような感情が合わさって戸惑った様な、そんな真剣な目をしていた。 「勿論」 応援するよ、そう言った僕らの間を潮の香と生温い風が抜ける。黄昏色に染まった亮は、あの感情のないまぜになった眸で僕を見て、言った。 「それがお前でも?」 今度は僕が目を見開く番だった。 「可笑しい、だろうか」 いいながら、先日あった事を思い出して、僕は途方に暮れる。 「お前が好きだ」 風が止む。その一言が、全てを止めてしまう。 |
僕の世界は止まってしまった。 きっと、もう、回り出す事はないのだろうと思うと、ほんの少しの罪悪感を感じる。 君に愛していると言ったのは、嘘でも偽りでもない本心からの気持ちだった。 だけど、それが、君を傷付けてしまったね。 ああ、もう一度、君に会えたならば。 ごめんね、身勝手な僕で。 僕は君を忘れたりはしないよ。 でも、君は、僕の事を忘れてしまってください。 それがせめて、慰めになるのならば。 僕という存在のすべてを、なくしてしまえるのならば、もう、何も望まない。 君が涙を流すくらいならば、僕が消えてなくなってしまえばいい。 僕が君を苦しめるならば、僕が居なくなってしまえばいいんだよね。 僕がはじめからいなければ、僕が君を苦しめる事もないんだもの。 僕が君を好きにならない事なんて決してないから、だから、僕に出来るせめてもの。 大好きだよ。 君に、笑っていて欲しかった。 どんな事をしても、どうなってしまっても。 だから、僕はここを後にしようと思う。 きっと亮が君の事を守ってくれるよね。 だからだいじょうぶ、何も心配はしていないよ。 君が僕を思って涙を流す事もない。 もう苦しまなくていいんだよ。 けど、君が僕を思い出す事もない、きっと。 うん、僕のエゴだって分かっているよ。 でも大好きなんだ。 ねえ、ほんの少しでも、君は僕の事を思ってくれたかな。 ほんとは分かってる、だから泣いてくれたんだよね。 それだけでいいよ、もう、何もいらない。 たくさんの気持ちを僕にくれた君に、一言だけ残させてほしいんだ。 ねえ、吹雪。 ありがとう。 僕に人を好きになるという事を教えてくれた君。 僕たちを思って涙を流してくれた君。 大好きだよ。 だから、 ありがとう。 でも、さよならは言わないよ。 もう会う事はないと思うけれど。 君は僕の事を忘れてしまうけれど。 僕は君を忘れないよ。 (藤原失踪) |