人であることをやめて、永久を手に入れて、僕らは何処へと向かうのだろう。君を守るために、僕は脆弱な器を捨てて、堅い鱗の龍の躯を手に入れた。人であることを捨てて、君の魂に寄り添う永き月日に耐えうる姿《カタチ》を求めた。その結果、精霊となって君に寄り添うこととなったわけだけれど、僕は君もまた変質してしまう事を望んでいたのだろうか。 精霊へと変質を遂げた僕の魂と溶け合う事で、君の魂もまた人とは異なる存在となった。僕らは僕でもない、君でもない、全く新しい僕らという存在になった。 けれど、 僕が狂おしいほどに求めた君という存在は喪われた。 君が永久の愛を誓った僕という存在は喪われた。 僕らは僕らの最も愛しいとするものを共に喪ったのだろう。 そして僕らは僕らを得たのだ。決して分かたれることなく、互いが互いを成し合い、意識すら溶け合って、僕らとなったのだ。 今の僕らは、死にすら分かたれることのない、誠の永久を手に入れたのだ。
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「あれ、ヨハン君。その絆創膏どうしたの?」 無造作に頬に張られた絆創膏をみて、翔は尋ねた。記憶が正しければ昨日最後に会った時はなかったはずだ。 「これかぁ? や、ちょっとさあ」 「昨日お前、俺んとここなかっただろ? そん時にさ、トメさんとこでクリスマスの売れ残りのシャンメリー買ってきて開けたんだよ」 苦笑して濁したヨハンの言葉を十代が引き継ぐ。こちらもやはり苦笑いな感じである。 「そしたら栓が蛍光灯に直撃してさぁ」 「皆まで言うな、理解した(-_-;)」 びっくりしたぜとあっけらかんに笑うヨハンに、翔は何が起こったかを割と正確に察する。 「の割には兄貴は無傷っすね」 よく見ればヨハンには割と小さな切り傷が幾つか見えるのに対し、十代は翔の言葉通り目に見える傷はないようだ。 「とっさに突き飛ばしたからな」 平然と言って退けるヨハンに、翔はある種の感嘆を覚える。その反射神経を是非自分にも分けて欲しいものだ。 「シャンメリー半分ぐらいを被ったし、背中打ったしで無傷じゃねえんだけどさ。栓飛ばしたの俺だからなあ」 まだ背中ちょっと痛いんだよと嘆く十代に、翔は呟く。 「両成敗でいいんじゃないの」 「それ使い方間違ってね?」 微妙な顔をしたヨハンに言われ、翔はへらっと笑いながら思う。 知った事か。 |
吹雪の意識は、僕の内側のずっと深いところで眠っている。僕が眠らせたのだから、当たり前といえばそうなのだけれど。 そもそもこの場所は、ただの人の魂があってはいけない場所なのだと改めて確信する。闇というそのものに喰らわれて、最後には欠片すら残さず消えてしまうだろう。本来ならば僕もそうなっていたんだろうけれど、ダークネスとして変質してしまった僕には恐ろしい場所ではないから。 今は吹雪の意識を眠らせる事と引き換えに、僕の魂が彼の魂を闇に融けてしまうのを防いでいる。外側から殻のように吹雪を覆い隠して、暗闇の住人たちの目に触れぬように。 本当はとても危険な事だと言うことを僕は理解している。けれどこの方法しか残されてはいなかった。今の僕では悔しいが、まだ吹雪を返してやる事ができないのだから。 だが僕は、罪悪感と同時に暗い喜びを覚えている。 焦がれ求め続けた人が今、僕の元にいるのだ、愛おしい人が僕の意志一つで為すが侭になるのだ。考えただけで打ち震えそうになる。彼は今、僕だけのものなのだ! 取り込んでしまう事も、今ならばたやすい事だろう。しかし僕はそうしないだろう。吹雪は吹雪であるからこそ、此程愛おしいのだと僕は知っている。 なんと口惜しい事だろう! 僕は此程に彼を望んでいながらも、吹雪と一つになる事ができないのだ! それでも今だけは、彼は僕のものなのだ。 もしも目覚めた時、君が辛いのならば僕の事など全て忘れてしまって構わない。君が苦しむのならば全て忘れ果ててしまえばいい。 だからどうか、今は、今だけはこうして君を守らせてくれ。 微睡む君よ、愛しい吹雪。 せめて今だけ、僕だけの君でいてくれ。 |
「十代ー!」 「おーヨハン!」 アニキとヨハンくんのいつもの遣り取りが聞こえて、そっちを見れば懲りずにアニキに抱きついているヨハンくんとそれを笑っているアニキが居る。 「好きだぜ十代」 「ああ俺も好きだぜ!」 凄くいい笑顔で答えるアニキにヨハンくんは今日も撃沈されている。よくある光景だ。 「アンデルセン先輩も懲りないドン……」 「だよねー」 なんだか遠い目であっちに視線をやっている剣山くんに相槌を打つ。またと言えば何回目だろうね、この会話。 「アニキもここまで鈍いとなんと言うか」 「あれ気付いてなかったの、剣山くん」 ちょっと意外で顔を上げれば、剣山くんは何の話かと僕を見る。意図せず見つめ合う様な形になって、心のうちでちょっと凹む。 「何って。アニキ、ちゃんと分かっててあの態度なんだってば」 「ぇえ?」 うん、意外だと思うよね。だよね。だって此れが正しい反応だと僕も思うんだもん。 「剣山くんが風呂に行ってる時にアニキに聞いてみたんだよ。ヨハンくんの事、実際どう思ってるんすかってね。なんて答えたと思う?」 「好きだぜって答えたんじゃないザウルスか?」 ですよねー。僕だって実際聞くまではそう言うと思ってたんだけどさあ。 「俺もちゃんと惚れてるぜって言ったんだよねー」 「惚れ…? 嘘じゃないドン?」 「ホントだよ。なんで嘘言わなくちゃなんないのさ。まあ、信じがたい気持ちは分かるけど」 じゃあなんで気付かない、というか分かってない振りなんてしてるんだって話になるよね、当然。僕だってそう思ったし。 「でも分かってるんだったらなんでさっさとくっ付かないんザウルス」 「剣山くんは知らないかな、アニキって結構愉快犯なんだよね。面白い事が好きって言うより、面白ければそれでいい、みたいな」 「愉快犯……」 「普段はデュエルの方にしか食指が向いてないから分かり辛いかもしれないけどね。普段はあんまりやらないけど、思いつくのは実害は少ないけど、結構質の悪い悪戯だったりとかするんだ」 特に一年の時は結構やんちゃだったからなあ、僕もだけど。万丈目くんなんかは二人で一緒になって弄り倒したなあ、いい反応するから思わず構っちゃうんだよね。 「それだけが理由で弄られ続けてるアンデルセン先輩……切ないドン」 「何処まで友達だよなって台詞で進めないのか見てみたいんだって」 なんて言うか、御愁傷様って感じだよね。 「アンデルセン先輩の理性が切れたらどうするつもりザウルス…」 「その時はきちんと自分の気持ちを伝えた上で受け入れるから問題ないってさ」 十代のアニキも以外と魔性なんだなって思ったね。純情なアンデルセン少年は弄ばれてしまってる訳だからさ。 「でも、まあ最悪帰国前には真面目に返すって言ってたしいいんじゃない?」 「……御愁傷様ドン」 ほーんとーにね。 相変わらずわいのわいの騒いでいる二人に目を向ければ、アニキがお決まりになりつつある台詞を放っていた。 「だって俺たち友達だもんな!」 君の理性は何処まで保つんだろうね、ヨハンくん。まあ、がんばってよ! 楽しそう? だって人ごとだもんね。 |
なんかまた翔と剣山が言い合ってるなあ。仲いいよなあの二人! 「もう! 剣山くんシャイン、シャイーン!!」 「丸藤先輩……」 なんか無茶苦茶いい笑顔でなんか翔が叫んでるんだけど。シャイン? なんでシャイン? 「なあ翔」 「なんすか、兄貴?」 声をかければ今まで言い合ってた剣山なんてどうでもいいと言わんばかりに食い付いてくる翔に若干気圧されながらも、俺は疑問に思った事を聞いてみる事にする。今聞かなきゃ多分忘れるだろうし。 「なんでシャインなんだ?」 「ああ、剣山くん輝いてるねって意味でシャインっすよ」 「丸藤先輩そんな大嘘を」 剣山の言葉に思わず翔を見ると、翔は少し目を反らしてから俺を見た。 「ゴメン、兄貴。僕、少し嘘吐いた」 「え?」 「本当はもっと輝いて欲しいって意味なんだ!」 「そうなのか!」 なんで嘘吐いたのかよくわかんねーけど、ホントの事いってくれたから気にしない事にする。 「ヨハンくんとかにも言ってあげたら?」 きっと喜ぶよって、そういう風に言われたらな! 確かにヨハンがもっと輝けばいいって思うしなあ! 「丸藤先輩……また質の悪い嘘を教えて」 「黙んなよ剣山くん」 もうホント光り輝け! あー、でもいい感じに意味が伝わってないから兄貴、本気で言ってくれそうだよね! 意味を知ったときのヨハンくん、見物だろうなあ。 「悪趣味ザウルス」 「だって、凹んだヨハンくんとか、剣山くんは見たくない?」 僕は見たいよ、すっごく。 「………その台詞は卑怯ドン」 ほら、本音がでたね。 「でもそんなに上手くいくザウルス?」 「兄貴ならやってくれるって信じてるから問題ないよ」 なんで無条件に信じられるかって? だって十代の兄貴だからね!! |