発端は一人の女生徒が十代に告白をした事から始まった。その女生徒の方も好きではあったが、十代の人柄から正直な話ある意味『記念』の様な感覚で自分の気持ちを伝えたのだ。そして返って来た返事は予想の斜め上をいくものだった。十代曰く、「誰とも付き合ってはいないが好きな奴はいる」らしい。その話がDAに瞬く間に広まったのは、十代という人物に対する意外性から考えればある意味当然の事だったのかも知れない。デュエルを心から楽しみ、純粋過ぎるともいえる人間性。誰もが十代という人間と恋をするという事を結びつける事ができなかったのだから。
 正直に言った本人も、まさかこんな大事に発展するとは爪の先ほども思っていなかった為、多いに慌てた。学園内のどこへ行っても奇異の目に追われ、興味津々の女生徒を始めとする一部の生徒達から相手は誰だと言う質問攻めから逃げ回る日々が続いた。最初は興味を示していた翔だったけれど、どこへ行っても質問攻めに合う十代を見ているうち、次第に可哀想になって来て逃がす側に回ったのだからDAの生徒の団結力もある意味凄まじいものがあったのだろう。
 一週間程逃げ回って、漸くこの騒ぎは沈静化した。どう足掻いても十代が言う気がないというのがわかって、無理に聞き出そうとするものもいなくなったのである。落ち着いた頃にもう一度、翔が十代に尋ねてみたが、十代は困ったように笑うだけで答えてはくれなかった。

「人を好きになるってのは自由な事だろ? 別にいいじゃんか、俺が誰を好きだって。なあ」
「まあそれはそうなんすけど」

 珍しく至極尤もな事を言う十代に、翔は言葉に詰まるが、それでも言う。

「アニキは告白とか、しないんすか?」
「告白かあ……考えた事もなかったな」

 ベッドに腰掛けた十代は足を組み直して、翔に問う。

「翔はさ、好きな人がいたとして、その人に告白するか?」
「まあ……最終的には視野にいれるっすね」
「告白して、それから……?」

 どうする? そう問われて翔は言葉に詰まる。そして少し顔を赤くしながら言葉を選ぶ。

「相手がいいって言ってくれたら、付き合うでしょ」

 いずれはそれ以上の事も……とかなり小さな声でごにょごにょと付け加え、何言わせるんすか! と一人で騒ぎ始めたのを面白そうに十代は眺めた。

「ちゃんと先の事考えるんだなー」
「アニキは違うんすか?」

 尋ねられ、十代はこてんと首を傾げて腕を組む。

「俺は、好きから先が思い浮かばないんだよな。俺が相手を好きで、相手も俺を好きでいてくれたらすっげえ嬉しいと思う。でも、それから? どうしたいとか、ないんだよな。一緒にデュエルできたらそれでいいと思うし」
「結局デュエルに落ち着く辺りがアニキらしいっすね」

 いっそ清々しいと翔は笑った。そんな翔を十代は首を傾げながら眺めていた。
 十代の想い人騒動は、一先ず終結を迎えたかのように見えたのである。



「お、カイザー! デュエルしねえ?」

 もう殆ど恒例のように、十代はカイザーこと丸藤亮に声をかける。ことある事に声をかけているのでもう誰も彼も、それが当たり前のように受け止めている。デュエルに誘わなければ逆に熱でもあるのではないかと心配される程、それは当たり前のことになっていた。

「放課にならば構わん」
「おー! なら放課後な! 約束したからな!」

 この軟派の成功率は五分より少し下回るくらいで、成功しても成功しなくても、十代はあまり変わらない。断られても残念がりはするが、じゃあ次はデュエルしようぜと繋がるのだ。

「アニキ、本当にお兄さんとデュエルするの好きっすね」

 ちょっと呆れた様な困った笑顔で翔が言うと、十代はニッと笑う。

「強い奴とデュエルすんの楽しいじゃん」

 翔だってそう思うだろ? そう返されて、アニキってはいつもそうだよねと翔は呆れたように笑った。

「ところで十代、好きな相手がいると言うのは本当か?」

 デュエルの後に亮にまでそう言われ、十代は眉を寄せる。

「なんだよ、亮まで相手誰だとかいうのかよ」

 何度となく繰り返された同じ質問に少々うんざりしているようだった。

「ああ、気になるな」
「なんでみんなそんな気にすんだよー」

 心底ほっといて欲しいと言うような拗ねた口調に、亮はいう。

「気になるに決まっている」

 他人と違う妙に真面目な口調に十代が亮を見れば、亮は真剣な顔をして自分を見ていた。

「好きな相手の好きな奴だ。気にならない方がどうかしている」

 目を見開いて、十代は亮を見た。何を言っていいのかわからず、十代は口を開いては閉じることを繰り返す。結局何も言えずに口を閉ざした十代に、亮が言う。

「好きだ」

 軽く目を伏せてから、十代は亮を見上げて言った。

「俺も、カイザーの事が好きだ」

 あまりにも当たり前の事のように返されて、亮は戸惑った。十代の言

「好き」の意味を計りかねたのだ。
「俺はお前を抱き締めたいし、キスしたいとも思う」

 いいながら亮は十代の頬に手を伸ばし、輪郭をなぞるようにしてそっと指を這わせる。十代は亮から目を反らさずに見つめたまま何も言わない。亮はそのまま親指でそっと十代の唇を撫でる。

「お前が好きだ」

 もう一度、亮は繰り返す。十代は小さく笑ってから、同じ事を返す。

「俺も、あんたが好きだ」

 唇を撫でていた親指も頬に添えられ、ゆっくりと亮の顔が近付いて来たのを見て、十代も目を閉じる。短く一度、今度はもう少し長く。そうして数度、亮は十代にキスをした。

「あんたにならキスされるの、嫌じゃねえ」

 少し照れくさそうにそう言った十代を亮は抱き締めた。華奢な肩を抱き寄せて、茶色の存外柔らかい髪に顔を埋める。

「あんたに好きって言われて、すっげえ嬉しい」

 おずおずと背に回された両腕が愛おしい。しがみつくように胸に顔を埋められ、亮は堪らなくなって名前を呼ぶ。

「十代」
「なに?」
「キスしてもいいだろうか」

 顔を上げ、髪を撫でながら問えば、十代は小さく頷いた。