改めて向かい合って、互いに構えを取る。こうやって向き合うのは決して初めてではないけれど、膝が笑う。この底の見えない感情は、恐怖なのか、痛みなのか、それとももっと違うものなのか。それは僕にもわからない。ただ、ひたすらに苦しいと思う。
 此処まで来ても僕は、どうしたいのか分からない。どうしたらいいのか、分からない。
 どうしてこうなってしまったんだろうと思う。どうして、僕たちは互いに武器を交えなければいけない? もう終わったはずなのに、どうして。打ち込まれた棍を受け流しながら、声にはならない悲鳴を上げた。

 嫌だ、戦いたくないよ。

 視界が淡く滲む。牙双で衝撃を受けて、そのまま後方へと跳ね飛んだ。
「どうして向かって来ないんだい」
 荒く肩で息をしながら発せられた言葉には、静かな憤りと落胆が混ざり合っていた。此れくらいの攻防でそんなに息が上がるなんて、昔では考えられない。
 もう時間がないんだ。それが分かっているから、そんなに焦ってる。

「嫌だ、もう、戦いたくないよ」
 お前と。

 言葉にしたら、涙が溢れ出た。僕はこうして互いに武器を交えるのが哀しいんだって、気付いた。
「どうして……」
 体から力が抜けていき、構えていられなくて腕を下ろした。座り込みたいのをどうにかやり過ごしながら、僕にももう、時間がないのに気が付いた。
 諦めたように構えを解いたジョウイが僕を見てる。目が合って、お前が苦笑して、僕は顔を歪めた。全部放り出して、駆け寄って、手を取って、何処か遠くへ。そう出来たらどんなに良かっただろう。やろうと思えばやれたんだ。けれど、僕らはそれを良しとはしなかった。もう、選ぶのには遅すぎて。

どうしたらいい?
どうすればいい?

 何も出来ずに横たわった沈黙を、先に破ったのは苦しそうに咳き込むジョウイで、弾かれたように僕は駆け寄る。咳は未だ止まらず、ジョウイは鈍い水音と一緒に血を吐いた。咳き込みすぎて喉が裂けたのか、内側から徐々に侵されているのかは僕には判らない。けど、思った以上に時間が残されていないのは、痛いほど分かってしまった。ジョウイの時間も、そして僕の時間も。
「リオウ」
 名前を呼ばれて、僕は唇を噛み締める。そんな僕を見て、ジョウイは僅かに目を細めてみせる。
「もう、あんまり、残って、ない、みたいだ」
 なんでそんな風に笑えるんだよ、お前。
「ジョウイ……」
「ああ、泣かないで、リオウ」
 そう言って、困ったようにお前はなんで笑う。ジョウイの親指が僕の頬を流れた跡に沿ってそっとなぞる。
「キスして、いい?」
「………バーカ」
 呆れたように目を閉じたら、唇に濡れて僅かに冷たい、柔らかい感触。初めての口付けは鉄錆にも似て。
 ああ、お前にならこの命、くれてやってもいいと思ってたのに。
「お願い、しても、いいかな」
「なんだよ、馬鹿ジョウイ。碌な事言わなかったら、承知しないよ」
 そんな風にいいながら、それでもお前が望む事だからって、叶えてやらない事なんて、オレには出来ないのだって分かっててお前はそう言うんだ。
「最後はどうか、君の手で」
「なんて事言うんだよ、本当に」
 予想はできた。言うだろうとも思っていた。でも、実際に言われるのは予想以上に辛かった。
「うん、でも」
 力ない笑みを浮かべたままナイフを取り出したジョウイには、僕が思っているよりもずっと、自分の時間がない事を悟ってるようで。
「リオウの手に、かかりたいって、ずっと思ってた」
 僕らの宿した紋章が命を削っていくのは、分かっていた。それをジョウイも知ってたらしい。
「それを僕に頼むなんて、お前、本当に、いい性格してるよね」
 優しく微笑みながら、それでも手にナイフを握らせるジョウイに、僕は顔を歪める。
「ごめんね?」
「謝るなよ、馬鹿」
 それでも涙は止まらない。
「君の事、大好きだったよ」
「過去形?」
「ずっと、大好きだよ」
「僕も、お前のこと、大好きだよ」
 例えば、僕の手で、お前の時間を止める事になったとしても。

 君の亡骸をその手に抱えて、リオウは慟哭する。
 右手には輝く、はじまりの紋章を従えて。


 end.