一度気にし始めるとどうしても気になってしまう。見つけてしまったら見なかった振りなんて、エデルには出来なかった。
 無心に本を読んでいるテッドをちらちらと見遣り、それでもエデルは無関心を演じ続けた。そうするべきなのだ、そう自分自身に言い聞かせる。読んでいる本に集中しようとしてもどうしても気になってしまって、挙げ句読んでいた所が分からなくなるというあり得ない醜態まで晒してみせた(といっても分かっているのは自分だけだったのだけれど)。
 エデルは大きく息を吐いて本を閉じる。集中できないなら読んでも仕方が無いと腹を括った。そして横で本を読むのに集中しているテッドを見る。
 どうしても一点にばかり目がいってしまうのは、見つけてしまったのだから仕方ないのだ。自分を無理矢理納得させようが、結局見つめてしまうのに変わりはない。
 いっそひと思いに────思考が転びかけるが、なんとか踏みとどまって拳を強く握り締めた。
 素直に欲求に従ってしまえばこんなに苦しくはないのだろう。しかしテッドの事を思えば、こんな気持ちは自分の胸にそっとしまって置いた方がいいのかも知れない。いや間違いなく、其の方がいいに決まっている。
 知らない振りをしよう────意識を反らす為だけに再び本を開いて目を通す。ページを捲ってみて、そこで内容を全く覚えていない事実に内心で舌打し、決心した。
「────ッテッド……」
 意を決して呼べば、
「んー……」
 と心此処にあらずな返事が返ってくる。ぱらりとページを繰る音がやけに大きく響いた。
「テッド」
 もう一度、はっきりと呼びながらエデルは右手の手袋を外した。横からテッドの顔を覗き込むと、テッドの目はしきりに文字を追いかけているのがよく分かる。
 エデルはテッドの顔に右手を伸ばした。それに気付いてテッドの目がエデルを映す。
「エデル?」
 エデルの指が、テッドの顔のラインをなぞりながらゆっくりと下る。
「────────ッ!!!」
 次の瞬間、テッドは声にならない悲鳴を上げた。
「ごめん、どうしても気になったんだ────髭が」
 自分の欲求に耐えきれず、エデルは前振りなしにテッドの顎に生えていた一本だけの毛を力一杯引き抜いたのだ。

「いきなり何すんだよ!」
「言えば良かったの?」
 なんだだったらさっさと言えば良かった。そう言わんばかりのエデルに、テッドは眉間に皺を寄せる。ちょっと涙目なのはきっと仕方の無い事なのだろう(何しろ顎の下の皮膚は弱い=痛い)。
「いい分けねえだろ」
「じゃあ此れで良かったじゃない」
 けろりと言い放ち小首を傾げるエデルに、釈然としない何かに討ち震えるテッドだった。




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ごめんなさい、出来心だったんです