2.
 どうしようか簡単にシーナと相談した結果、先に宿を取り明日にでも改めて訪ねようという事で落ち着いた。
 宿へと向かう道すがら、大きな紙袋を抱えたティルさんに会ったのは偶然だった。
「ティル」
「シーナ、さっきぶりだね」
 シーナが声を掛けると、僕たちに気づいた彼は振り返って軽く答える。
「同盟との話は巧くいった?」
「はい」
 尋ねられ頷けば、よかったねと微かに笑って彼は言う。
「これからどうするんだ?」
「家に戻るつもり」
 もう少し片付けけないと、そう言った彼は年相応の笑みを浮かべ、
「お茶くらいは出せるよ」
 そうやって僕らを家へと招いたのだ。
 玄関ホールから縦に長い大きなテーブルが置かれた広間へと案内されながら、僕は妙な違和感を覚える。いくら手をいれているとはいえ、無人のはずの住居は短時間でここまで綺麗になるものだろうか。
「まだここと自分の部屋と台所くらいしか片付いてないんだ」 綺麗に洗われたカップとポットを盆に乗せて、階下にある台所へ行っていた屋敷の主が戻ってくる。
「改めて、僕はティル。しがない根無し草だ」
 ポットから湯気を立てる紅茶が注がれたカップを進められながら、僕も改めて名乗る事にする。
「同盟軍のリオウです。軍主やらされてます」
「やらされてる、ね」
 聞いていたシーナが紅茶を飲みながら苦笑した。
 最初から象徴の為の飾りだって言うことを僕は理解している。だから誰かが何か言えば、僕は直ぐにでもその人に全て任せるつもりだ。誰も何も言わないから、僕はまだ此処にいる。
「君は本当は降りたいんだね」
 まるで見透かされたような台詞の後に、僕もそうだったと少しだけ困ったように彼は首を傾げて言った。
「コイツ、一度降りかけた事があるんだぜ」
「そうなんですか?」
 少し意外でそう問えば、ティルさんは目を細める。
「革命はね、革命しようとする志しのある人間がやるべきなんだよ」
 そう言いおいて、トランの英雄と呼ばれるその人は慈しみに溢れた顔でティーカップを両手で包み込む。
「全て終わった今でこそだけどね。僕は正味な話、革命どころか赤月帝国自体に興味がなかったんだ。国が傾こうと革命が起きようと、何れは出ていく国でしかなかったから」
 さらりとやった事の正反対な意見を言われ、どう返せばいいか迷った僕は思わずシーナを見た。シーナは軽く肩を竦めてみせる。
「解放軍の上層部は誰もみんな知ってた。実際降りかけた時だってフリックが突っかかっていって、すんなりと降りようとしたのを周りが必死になって引き留めたんだ」
 衝撃の事実に僕は息を呑む。同じようになれば、きっと僕も同じ事をするだろう自信がある。初めから、僕は僕とナナミ、ピリカの事しか考えてないのだから。
「責めるのであれば、それに見合う行動が必要だろう?」
 優しい表情で当然のように言ったこの人は、きっと厳しい人なのだろう。同じ様な行動でもきっと絶対的に違っているのだ。
「最初引き受けた時、補佐が──フリックね、フリックが戻って来るまでって話だったから」
 この話はおしまいと、ティルさんは手持ち無沙汰に弄んでいたティーカップから手を離して立ち上がる。
「もう宿は取ってしまった?」
「これからです」
 答えれば彼は悪戯っ子のように笑って言った。
「何もないし古臭くてちょっと掃除をしなきゃいけないけど、夕飯くらいは振る舞うよ。一晩どう?」
「宿泊無料ですか?」
 切り返す様に尋ねた僕に、ティルさんは笑みを深くして応じる。
「もちろん!」
 自国の英雄の口振りにシーナが嘆いた。
「お前、他の奴に向けて一晩如何なんて絶対言うなよ」

menu/back/next