3.
 一度集合場所に戻ってから再度此処を訪れる事になった僕とシーナを、ティルさんは門前まで送り出してくれた。
 振り返り手を振り返した拍子に目に入った庭には、昼間見た風に翻る白いシーツは見えなかった。
 そういえば通り抜けた玄関ホールも入っていったときより綺麗になっていた気がする。
 無人だってシーナも言っていたし、使用人はいないはずだ。
 庭に干されたシーツは、一体誰が取り込んだ?
 ティルさんはずっと僕たちと一緒にいたはずだけど……お茶を淹れに階下に降りた時、取り込んだのかもしれない。
「シーナ」
「ん?」
「ティルさんの家、お化けが出るとかそういう話ある?」
 それだけ聞けば、シーナは少し考えてから不思議そうに答えてくれる。
「俺が同盟の方をぶらつき始めたのが一年くらい前だから、それより前の話になるけど、何か出るとかそういう類は聞かなかったな……」
 勘のいいシーナは、僕の問いに眉を寄せて問いかける訳でもなく呟いた。
「アイツ、何時の間にシーツ取り込んだんだろうな」
 僕だけが思ったんじゃないんだと、奇妙な安心感を得る。
「時間までもう少しあるけどどうしようか」
 それ以上深く考えたくなくて、割と関係ない話題を振ればシーナも直ぐに食いついてきて。なんとなく考えたくないのは一緒なんだろうなとこっそり安堵の息を吐いた。
 やっぱり何かおかしいのだと思ったのは、みんなと一緒に再度マクドール邸を訪れてからだ。本日二度目の訪問になる僕とシーナは戸惑った。
 此処を出たのはおよそ一時間程前で、お茶を飲みながら少なくとも二時間近くは話をしたと思う。その時点では台所と広間、ティルさんの自室しか片付いていないと言っていたはずだ。
 たった一時間のうちで、八つも部屋を掃除できるのって、変だ。シーナによると、ティルさんは物を整理するのは割と得意らしいけれど、掃除をするのは苦手だったそうだ。少しは上達してはいるだろうけど、一部屋これだけ綺麗にするとなると一時間でそう何部屋も掃除できないだろう。挙げ句、料理までなんて絶対無理だ。
 それをやってのけたティルさんを信じられないと思ってしまうのは仕方ないと思う。実際、シーナも変なものを見るような目でティルさんを見ていた。
「ねえ」
 今まで呆気にとられていた様子だったルックが眉を寄せて声を出す。呼び掛けられたティルさんは勝手に内容を定めて話し出す。
「残念だけど、ベッドメイキングは各自でお願いしてもいいかな」
 得意じゃないんだ、と苦笑している様子に偽りはないように見える。
「無視しないでよ」
 ヒュッといい音を立ててルックのロッドが振り降ろされる。
「ルック、危ないよ」
 危なげなくそれを避けて、ティルさんは少しもそう思っていなさそうにいう。何処がと言い捨ててルックが切り出す。
「僕が前に言った事、あんたは忘れたってわけ?」
 言葉の端々からちょっと苛ついてるらしいのが判る。なんとなく棘のある言葉に、ティルさんは苦笑する。
「ルック、その話はまた後で」
 でもきちんと覚えてるから安心して、そう残してティルさんは僕らを部屋に案内してくれた。
「客間を三つ掃除したんだけど……奇数人数だったとはね」
 迂闊だったよ、とティルさん。
「偶数でも男女半々だった場合とか考えなかったのか」
 シーナが呆れたように言うと、全然考えもしなかったと返事が返る。
「あー……お前ん時は強行軍が多かったからな」
「……そうだね」
 妙にしみじみ語る元解放軍面子に、黙って様子を見ていたアップルが苦笑しながら口を出した。
「確かにバラバラに帰ってくる事、多かったわね」
「……一体どんな道中だったんだ」
 今まで口を挟まず成り行きを見守っていたオウランが遂に口を挟んだ。
「あれは酷かった」
 ルックが饒舌に語る。
「お前が一番被害に合ってたもんな」
 頷くシーナに心の中で突っ込んだ。何があったんだ。
「コイツは此処からバナーくらいの道のりを平気で往復させる」
 顎で示しながら元被害者は語る。
「仲間全員にはぐれる事を前提にすり抜け札を持たせて、見失ったら本拠地合流なんて抜
かす」
「気が付いたらルックが居なかったとか、割と当たり前になってたしな」
 それが当たり前なのはまずい気が……
「それでも女は連れていかなかったって事は気遣ってはいたんだね」
 アイリの言葉にシーナは同類を見るような目でティルさんをみて、ふふんと笑う。
「コイツもフェミニストだからな」
「次に出るときには定位置に戻ってきてたじゃないか。それに女性に優しくするのは当た
り前、シーナのは行き過ぎ。もう終わった事だよ」
 あっさりと切り捨ててティルさんは客間へと案内した。

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