4. 「一人だけ離れちゃって悪いんだけど、此処使って貰えるかな」 そう言って案内されたのは、一階の階段横にある一室だった。簡素なベッドと机、本棚以外には物のない部屋で、机の上には花の活けられていない素朴ながらも品のいい一輪挿しが飾られている。 「親友の使ってた部屋なんだ」 何気なく付け加えられて、僕は思わず振り返った。 「いいんですか」 「ん?」 なにが? と首を傾げられ、何だか複雑な気分だ。 「だから」 「構わない、気にする必要はないよ」 まるで年下に接するみたいに頭を撫でられて。 「あまり物はないけど、好きに使うといい。荷物をおいたら広間に来てね。夕飯にしよう」 また後でと言い残し、ティルさんが部屋を出ていく。何となく、撫でられた頭を触ってしまう。 気を取り直した僕は改めてぐるりと部屋を見回した。本当に物ない部屋だと思う。 ベッドの上に手荷物を放り出して、僕は本棚を覗き込む。その本棚は難しそうな本が沢山あるわりに、明らかに娯楽と判る本や子供向けの童話の類など幅広く集められていて、統一感がまるで感じられない。顔も見たことのないテッドさんという人が、一体どんな人だったのかまるで想像がつかなかった。 彼の事をティルさんに聞いてみてもいいのだろうか。僕は幸いなことにまだ大切な人を亡くしていない。だからそれがどれ程の痛みなのか分からないが、僕とていつかは知るだろう。先の終戦から三年、短いといえばそうかもしれない。まだ触れない方がいいのか判断がつかなかったので、食後にでもルックかシーナに相談してみようと思った。 寝る前には本を借りて読もうと思う。トランの童話はなかなか好きだ。ちょっと後味の悪いところとかがいいのだと前にナナミに言ったら、趣味が悪いと言われたのを思い出した。 階段を上がって二階の広間へ行くと、テーブルの上にはホカホカと湯気を立てる料理が並べられていた。僕が一番乗りのようで、まだ誰も来ていない。どうしようか迷っていた所に、ワインの瓶を持ったティルさんが入ってくる。 「早かったね? こっちへどうぞ」 勧められて、断る理由もなく僕は椅子に掛ける。 改めて料理を見ればシチューと手間のかかる物が多い気がする。 「よく時間がありましたね」 ちょっと驚いて尋ねると、ティルさんは悪戯が成功したみたいな笑顔で言う。 「実はちょっと手伝って貰った」 それを聞いて、手伝ってくれる人がいたんだと少しだけほっとした。何にほっとしたのかは自分でもよく分からなかったけれど。 近況報告のような食事会は中々楽しかった。ティルさんは一体何処で何をやっていたかを話してくれたし(主に彼方此方で釣り三昧だったようだ)、僕が同盟軍軍師が提案した恐るべき袋叩き大作戦を話すと興味深そうに頷いてから「是非一度お目通り願いたいものだ」と妙に感心していた(何に感心したのかは敢て考えないようにする事にした)。 シチューに口をつけていた時のシーナの反応が少し気になったけれど、それ以外は全く普通の食事だったと思う。シチュー自体は全く普通の……いや、絶品のシチューだったと思う。後でこっそりレシピを教えてもらおうと心に決める。 「食事は大勢だと賑やかでいいね」 特に女性がいると華やかでいいよね。さらりと漏らされた発言に何となくシーナと同類めいたものを感じたけど、むしろティルさんの方が偽りなくナチュラルに言っているような気がする。ジョウイもそう言えばナチュラルフェミニストな気があったような気がしないでもない。貴族出の人ってみんなこんなんなのだろうか(知り合いはそんなに多くないので比較対象は少ないけど)。 ちょっと脱線したけれど、言われた女性陣(ナナミ含む、アップルは除外)は悪い気はしなかったようで終始楽しげな話題に花を咲かせた。 menu/back/next |